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ワインを造る為に生まれてきたドミニック・ドゥラン -no3

1955年、ブルギニョンの女性シモンヌさんが出産の為、Hospice de Beaune オスピス・ド・ボーヌに入院。 生まれたのがドミニックだった。 当時のオスピス・ド・ボーヌはまだ病院として使われていた。 ブルゴーニュの中心ボーヌのオスピス・ド・ボーヌで生を享けるとは、生まれた時からワインを造る 運命を持っていた。 ドミニックは云う 『何故だかわからないけど、私は小さい時からワイン造りをやると決めていた。』 今日は、ドミニックのお母さん、90歳のシモンヌさんに初めて会った。 収穫期の昼食に収穫人にまじって一緒に食べていた。 まだ、まだ元気で、話しかけると、素早く返答してくる。 ドミニックのワインの消費者の一人でもある。 お母さんを大切にしているドミニックの姿があった。   

2017年、変化の真っ只中、                   Dominique DERAIN  ドミニック・ドゥラン醸造

Bourgogne-Saint Aubin ブルゴーニュ、サントーバン 醸造所を引っ越した。とは云っても、道路を隔てた向に醸造所を移動。 事務所と食堂だけは元の住所に置いたまま。 そして、ドミニック自身は62歳になり、正式にドメーヌの社長をジュリアンに譲った。 勿論、ネゴスの分野である借り畑、買い葡萄の部分では、まだ顔が広いドミニックが残っている。 正式に2017年は、すべてジュリアンが醸造している。 ドミニック・ドゥラン、どれだけの若手醸造家に手を差し出し、色んな方面から勇気づけ育てたことだろう。 いつもジョークばかり飛ばし自分で笑っている気さくなおじさんという感じだが、やる時はビシッとやる。 明るい雰囲気があるので、人が醸造所に集まってくる。 ビオ・ディナミ農法と自然醸造の接点については、ブルゴーニュでは間違いなくNO1の人物である。 やはり、一連の大切な作業を長期の時間をかけて、植付け、栽培、醸造と一貫してこなしてこそ理解できる深い部分がある。 その意味で、ブルゴーニュでは第一人者と云って良い。尊敬すべき人物だ。 1955年、ボーヌのオスピス・ド・ボーヌ内で生まれたドミニック。ワインを造る為に生まれてきたような存在。 (当時はまだオスピス・ド・ボーヌは本来の病院だった。)