ピノを知り尽くしたNICOLAS TESTARDニコラ・テスタールがガメイを収穫


 

一時期のプリューレ・ロックを支えた実力派

ニコラはあのプリューレ・ロックで2005年まで醸造責任者としてアンリ・フレデリク・ロックのもとで5年間も活躍していた。あのフィリプ・パカレとも僅かな時間ながら共に働いていた。 2005年にロックを卒業後、ボジョレーにやって来た。 2008年に独自の醸造ドメーヌを立ち上げた。 ガメイ品種をまるでブルゴーニュ特急畑のピノのように育てあげ、ヴォーヌ・ロマネのように世話して造り上げたニコラ独特のガメイ・ボジョレーだ。どこかにピノを感じる。
☟ ロック時代のニコラ2005

 

仲の良いおしどり夫婦

 
 

ニコラには強力な助っ人がいる。そう妻のカロルである。 カロルはパリの名門ワイン屋カーヴ・オジェで、店長のマークの片腕的存在で長年活躍していた。カーヴ・オジェ時代にプリューレ・ロックにテイスティングにやって来た時に、この二人の運命の出会いがあった。 カロルのワインと料理に関する知識と実力は凄いものがある。特に試飲能力は抜群の感覚を持っている。 彼女は、ボジョレーに引っ越してきた時、フルーリー村に自然派ワインビストロを開店した。料理シェフ兼経営者として勤め、それは大人気のビストロだった。子供ができ時間がなくなってレストランを、惜しまれて閉めた。

 

日本初登場!ニコラ・テスタール・ヌーヴォー 我々が気合を入れて収穫しました!

 
 


今年から自分の醸造蔵の名前のヌーヴォーを造ることを決意した。その為ブルイィ地区にあるサンテチェン・ウイヤード村に畑を準備しブルゴーニュ特級畑のごとく世話をしていた。 4.5.6月の不天候と寒さの影響で遅れていた成長。特にこの畑は予想以上に葡萄の生育が遅れていた。 8月中旬に私が訪問した時にはまだヴェレーゾン(色づき)が始まったばかりだった。ヌーヴォーに間に合うか、やや心配していた。 他の自然派仲間より1週間遅れて収穫を行った。結果的にはその後の好天に恵まれ、こんなによく熟して健全な葡萄が確保できた。
 

かなりレベルの高い品質のガメイを確保

ニコラにとって最高のバランスの葡萄が収穫できた。思わず笑みがでる。 初めての畑だったので、葡萄の熟すスピードを読み切れていなかった。8月の後半の晴天と猛暑が手伝ってグングン熟成が進んだ。熟成が進んだだけでは満足しないニコラ、色だけはコクなったけど酸が残り過ぎていたので、1週間遅らせたのが幸いした。ニコラが狙ったとおりのバランス、強すぎないアルコール、ミルランデール化した葡萄から果実味の濃縮感、心地よい酸、上質のピノ・ノワールを思わせるバランス感覚。まさにニコラの得意とする領域だ。

 日本初上陸のテスタール・ヌーヴォーは2013年今までのヌーヴォーの概念を覆すだろう!


 

幾多の難関を乗り越えて10月2日、収穫開始

 
 

ニコラの収穫人は平均年齢が若い。収穫しながら冗談を飛ばし、大変賑やかで明るい収穫雰囲気だ。 醸造所で皆は、あのカロルの料理が食べられる。勿論、ニコラのワインとともに。収穫人にとって忘れられない一週間となるだろう。
ニコラにとって2013年は多くの出来事が起きた
 今年はニコラにとってあまりにも多くのことが起きた。まず、ニコラのメインの畑が雹の被害に遭い、ほぼ壊滅状態となる。そんな中、醸造所と自宅を引っ越さなければならない状況に。しかし収穫直前の夏に、幸いにも醸造所付の新居を見つけることができた。そこは標高600mのHAUT BEAUJOLAISオー・ボジョレー地区、最高の畑も見つけた。収穫直前の夏に無事引っ越しを終了。しかし新醸造所の準備が間に合わず、今年までは以前のところを使用せざるをえなかった。
 

2013年は諸々の困難を乗り越えての収穫だった


収穫中も色んなことが連続で起きたが、すべて起きることをプラス発想で乗り越えて前に進むニコラ・テスタールを応援したい。


 

醸造所に到着


 

プリューレ・ロック時代と同じ方法


細心の注意意を払って葡萄を醸造所に運ぶ。 醗酵槽へ入れるのはベルトコンベアーで上まで上げて、重力で落とし込む。 ニコラは葡萄園の収穫から葡萄が醗酵槽に入るまですべての段階の現場に自分が立ち合わなければ気がすまない性格。

SO2(酸化防止剤)を入れない自然派醸造の基本

自然派醸造の基本中の基本は、健全な葡萄しか醗酵槽にいれない。プリューレ・ロック時代に徹底して教え込まれたことを忠実に実行している。 まさに、ブルゴーニュ・グランクリュのごとくに ガメイを醸すニコラ・テスタールがここにいる。

 
清潔な醸造所

番犬のピノ

 
 
 



 



 



 

13年は日本初登場 ニコラ・テスタール・ヌーヴォーを 見逃せない!!