Tag : Domaine de la Sénèchalière

タグ・ワード Domaine de la Sénèchalière にマッチする記事が見つかりました。

Hommage à Charles Aznavour

La Boheme 🎶~La Boheme 🎶~,ラ・ボエム 🎶~ラ・ボエム🎶~ Hommage 私の好きな偉大なるシャンソン歌手のCharles Aznavourシャルル アズナヴールが天に行かれました(享年94歳)。 ご冥福をお祈りいたします。 今夜はこの歌を聴きながらボエムを飲む。 Je vous parle d’un temps 🎶~ Que les moins …

ワインの液体には、人と人の繋がりの歴史が刻み込まれている!

ワインは、人がいなければその存在理由を失うものです。 造る方も、提供する人も、飲む人も、皆が繋がって初めて存在価値が創造されてきます。 だから、造る人、提供する人が顔を合わせることは絶大な意味があるのです。 勿論、飲む人までが繋がれば最高です。 今年も、4,5,6月は多くの人が醸造元まで逢いにきてくれました。 造り手と提供者[販売者]の出逢いは、色んなハプニングが生じます。 エモーションとエモーションが触れ合うからです。 この両者の出逢いが造る人にも販売者にも大きな影響を与えてくれています。 つまり、これからのワインに多大なポジティフな進展の可能性を伸ばしてくれています。 もう一つのドラマです。 できうる限り、そのドラマを紹介していきたいと思います。 ★ESPOA ツアー /Marc PESNOT マルク・ペノさんのSénéchalièreセネシャリール醸造元にて ★BMO社 南仏カタルーニャ ツアー /エリックのL’Anglore ラングロール醸造元にて ★CPVツアー  Olivier COHENオリビエ・コーエン醸造元、MADAマダ醸造元。 …

Marc Pesnot の幻のワイン、                    Abouriou アブリウ2002年を開けた!

マルク・ペノとYukiさん-NO5 祭りの二次会は、鶯谷・磯次郎で。 何と幻のワインAbouriou アブリウ2002を開けた。 これは、スタッフYoshikoさんが個人の大切なストックから持ち出して来てくれた。 感慨深くボトルを見つめるMarc。 白ワインの名人マルクにも唯一のに弱点がある。 このアブリウはここ10年間、ずっと失敗して出荷されていない。    Abouriou アブリウ 2002 フランスでもアブリウ品種は、栽培面積が少なくなってきて、もう絶滅寸前の品種。 葡萄の皮が薄くて栽培、醸造が難しい。マルクはこの品種をグラップ・アンティエール除梗なしの セミ・マセラッション・カルボニック醸造で醸す。 マルクが尊敬しているマルセル・ラピエールの直伝の造り。 マルセルは一度、ボジョレから遠いミュスカデのマルクの蔵まで来てくれたことがある。 軽めのボジョレのようなワインのスタイル。本来は熟成に耐えられない酒質。 でも2002は酸が強かった年。その酸のお蔭で16年も熟成しているのに、何とか持ちこたえていた。 マルくにとって、激動の16年間、いろんなことが頭を過ぎって感激のマルクだった。 …

和食メニューにバッチリの                         Marc Penotマルク・ペノのワイン

マルク・ペノとYukiさん-NO4 Merc PenotマルクのSénèchalièreセネシャリエール醸造は大西洋に近く、太古の昔は海だった土壌。 マルク・ペノさんのワインはイオデと云われる海の風味が特徴となっている。 刺身な魚介類が主体の和食には、恐ろしいほどピタリと合う。    アジのフライを食べるのに、箸をフォークとナイフのように使って食べる発想のマルクが面白い。      鳥のから揚げ、最後に焼きうどん、完璧に料理に寄り添うように合ってしまう。    勿論、繊細な出汁を使った本格和食には、これ以上ピッタリはないのでは、と思うほど料理に寄り添う。 北ヨーロッパにある世界の超一流のシェフ達がマルク・ペノさんのワインに気づき使い始めた。 . 地球を汚すような農薬も化学物質を一切使わず、リスクを負いながら可能なかぎりを尽くしている栽培・醸造を実行しているマルクさん。 そして、それを支え続けている野村ユニソン社の野村社長には多大の感謝をしたい。 そんなマルク・ぺノさん再生の起点になってくれた長由紀子さんにも深く感謝したい。 Yukikoさん、いい仕事してますね。 これからも応援していますよ!頑張ってください。 . 読者の皆さん、一度、東京・鶯谷の萬屋酒店へ寄ってみてください。 …

感動の再会!ワインという液体が人と人の心を同調させる

マルク・ペノとYukiさん-NO1 ウルルンYukiさんは逢った瞬間から涙。    長さんことユキさん(東京・鶯谷のESPOAよろずや店、長由起子)が居なかったら、今日のマルク・ペノは存在しなかった。 10年前に話しは遡る。マルク・ペノのDomaine de la Sénèchalièreドメーヌ・ド・ラセネッシャリエール醸造は、色んな悪条件が重なって経営不能となっていた。 しかも、生涯最高なワインが完成した2007年の出来事だった。 その話しを聞いたYUKIユキさんは、毎日の如くにフランスの私に連絡をとってきた。 『何としてもマルク・ペノを救って欲しい!!』 最初は私自身も無理だろうと思っていて、動かなかった。 でも余りにもの情熱を込めての願いに、私も動き出した。 しかし、弁護士や周りの人に聞いても、時間的にも、金銭的にも、フランスの公的機関の処理の遅さで不可能だった。 それでも、執拗にユキさんから毎日の如くに連絡が入った、『何としてもマルク・ペノを救って欲しい!!』 私も決意した。やるだけのことはやってみよう! 一番のネックであった資金面での交渉は野村ユニソン社の野村社長が承諾してくれた。 管財人、裁判所、農地管理局、すべてが奇跡としか云いようのないスピードで、すべてが完了してしまった。 まさに奇跡!!としかいいようがない事実だった。 ユキさんのお客さんで、毎日マルク・ペノのワインを一本買いにくるお客さんがいたり、また、ワインを一滴も飲めなかった人がマルクのワインで飲めるようになった人が沢山いた。 …

野村高城・尚子さんの結婚式に、マルク・ペノさんが・・・・

   C’est un beau mariage de Mr et Mme NOMURA Takaki et Naoko à la présence de Marc PESNOT. Marc …

マルク・ペノのミュスカデの神秘

Par Madoka Kikuchi Quel est le meilleur mariage…? Le muscadet et les huîtres..? Mais si bon! Des huîtres avec le …

マルク・ペノ、湘南の旅!                     ロックス・オフ Rocks Off、風ら坊

par Masaki Takeshita 湘南地区自然派ワインカヴィストといえば、ここロックス・オフRocks Off! 若林ご夫妻は、毎年1月にフランスに足を運び生産者を周り、試飲会に参加し、自然派ワインの生産者の想いや日々の作業などなどを深く理解してくれている。… お店に入っただけで、ワインに対する熱いパッションと深い愛情を感じるワインショップロックス・オフRocks Off!    なんとそこに偶然、世界の自然派生産者を渡り歩く彫刻アーティスト山下 亮太さんが! ちょうど、マルクと亮太さんの話を数日前にしたところだった。なんたる偶然(^^)!    そして夜はやっぱり居酒屋『風ら坊』。 金目鯛の刺身にマルク興奮。 ぬたうなぎや月の輪熊など、初めての食材に感動!いったいどんだけの食材を扱っているんだ! というくらい、希少な食材を使った絶品料理の数々。    次回は逗子1泊で行きたいですね(^^)。 後ろ髪引かれながらマルクと横須賀で東京に向かいました。。。

エスポアしんかわの温かい夕べ、               セネシャリエールワイン会

par Masaki Takeshita 20年以上のマルクとの付き合いのエスポアしんかわ、竹之内さん企画のセネシャリエールワイン会は格別な夜だった。 20年をかけて培ってきた友情、信頼は只者では無い。セネシャリエールが辿ってきた歴史を全て知り尽くしている。 今晩は、竹之内さんと共に蔵元を訪問した方々はじめ、長年のマルクのワインファンが集まった。      シャポームロンを飲んで「こんなミュスカデ飲んだこと無い!」とすぐに虜になった人達が多い。 そんな素敵な方々と、竹之内さん秘蔵のオールドビンテージの数々、そして、なんとワイン会の開催場所は中野の自然派ビストロ松㐂!     愛のこもった料理に愛のこもったワイン! こんな和気あいあいのあたたかい生産者イベント滅多にありません。 マルクにとっても忘れられない夕べとなりました。       ちなみにロストバゲージ、やっと発見!昨晩深夜2時半にホテルに届けられました。 良かった、良かった(^^)。

自然の厳しさで鍛えられているマルク・ぺノ、               何が起きても不動の心!

par Takeshita Masaki ロストバゲージ、まだ見つかりません。。。 カスタマーセンターに朝連絡して、折り返し電話するとの事でしたが連絡無し。。。 マルクのカバンはどこに⁇ そんな事に全くめげない鉄人マルク、ロワールのドメーヌ・ド・ラ・セネシャリエールのマルク・ぺノは、現在63歳!初めてのワイン造りは18歳の時。… その経験の長さに驚かされる。 ムロン・ド・ブルゴーニュ=ミュスカデで世界一のワインを造る! その強い想いで毎年毎年、試行錯誤を繰り返し、今や感動の他には比べようの無いミュスカデを造りだす。         そんなマルクのワインのファンは多い! 加藤店長はじめチャーミングな方々のワインショップ銀座三越新館のCave Fujiki。 世田谷で持ち前のワイン眼で、素晴らしいセレクションのワインを紹介する野崎商店。 そして食事にお邪魔させて頂いたのは、ちょうど紺野さんが料理を作るUguisu. なんとM de …

アレキサンドル・バン家族全員のサービスで暖かい昼食

家庭菜園の野菜タップリ、美味しい牛肉。そしてトビッキリ美味しいワイン! 長女MadeleineマドレーヌちゃんがSommelièreソムリエールをやってくれた。 真剣に私達のグラスに心を込めて注いでくれました。 暖かなファミリーに包まれて、忘れられないテーブルでした。 こんな暖かいファミリーが丹精を込めて造ったアレキサンドル・バンのワインにエモーションが伝わってくるのは当たり前だな、と思った。 全員の写真は、私の重い一眼レフのカメラで6歳のピエールが撮影してくれました。 左の女性は、今、マーク・ペノのセネシャリエールで働いているミワコさんです。 そして、フロマージュには、特別なワインを開けてくれた。 アレキサンドルと同じくAOC組織と裁判で勝訴サンテミリオンのCh-Meylet2002シャトー・メレを開けてくれた。

Moment de bonheur chez Yuzu, un restaurant japonais à Parisパリの和食屋さん屋さん、ゆずでの幸せな一時

お寿司屋さんでこんなワインが飲める幸せ。特に、右のマーク・ペノのフォールブランシュは海の潮の風味があり、刺身にピッタリです。

Marc Pesnot で世界一美味しいミュスカデを!

30年のムロン・ド・ブルゴーニュの畑・シスト土壌 今日はいつでもニコニコと笑顔が耐えないマークの蔵へ行ってきました! 彼は畑作業が大好き! 何をしていてもブドウが頭から離れない・・・ とにかくブドウ木に触れていないと落ちつかないと言う位畑命なのです! まずは畑を見学! 今年は気候もよく、今のところ完璧な出来だそうです! 『2007年は雹が大量に降り、ブドウ木も大きなダメージを 受けてしまったんだ。そのため2007年は少量しか収穫が出来なかった・・・2008年はそのダメージの影響で、あまりブドウが生らなかったんだ。そして2010年、今ちょうど開花の時期に入ったんだ。病気も見当たらないし、気候もいいから、綺麗なブドウと美味しいワインが出来るはず!』 と大きな笑顔で嬉しそうに語るマーク。 じゃあ2009年は ? 『2007年からビオ栽培に転換したんだ。その結果は2009年のブドウに現れているんだ。本当に繊細でミネラルでフルーティーなワインが出来上がったんだ。皆も期待していてね!』 畑での対処方法は? マークは全て自然なもので畑の対処を行っています。 例えば、煎じ茶(プレールなど)を散布したり、ラベンダーやレモンのエッセンスオイルでブドウの実が大好きなコシリス(はまき蛾)を遠ざけたり・・・ 今雅にマークがハマッているのはそう、アロマテラピーなのです! 昔はボロボロだった蔵も、 今はリニューアルして可愛く大変身! 試飲室もでき、 …

開花時期*2010年のブドウがもうすぐ誕生!

ロワール地方では開花期に突入! Marc Pesnot*マーク・ペノのムロン・ド・ブルゴーニュ 今のところとても健全な状態! ブドウ木が病気に掛からないように撒く薬剤(もちろんナチュラル!)も今年はまだ殆ど散布していません!2-3年前に完全にビオ栽培へと転換したマーク。その結果がやっと2010年のブドウに!! ビオ栽培というより、ビオディナミ栽培を完璧に分かろうと頑張っているAlexandre Bain*アレクサンドル・バン。彼の土壌には何万人との植物や昆虫が生きています! そんな彼のMarc ソビニョンは元気一杯!お花も徐々に開き、2010年も期待大のはず! クロという、高い壁に囲まれている、チョッピリ豪華なカベルネ・フランのブドウ畑。 この畑の持ち主は、Chateau Bel Air*シャトー・ベレールのゴチエさんのもの!彼はこの町に生まれ、この「クロ」の前を通りながら学校へ行き、いつかこの壁の向こう側に何が隠れているのか暴いてやる!と誓ったそうです!とても大きい実が沢山! 2010年はとても期待出来るビンテージ!このまま収穫時期まで良い気候が続くことを祈っています!

MARC PESNOT復活から5月革新へ-EVOLUTION EN MAI-2010

  3年前の復活から革新へ大躍進を続けるマーク・ペノ  2007年の倒産から3年目の歳月が流れた。08年復活、09年建直し、そして10年革新の年へ真っすぐ上に向かって伸び始めた。 まるでこの季節の葡萄の蔓(つる)のように上へ上へと向かっている。 08年に野村ユニソン社の援助によりドメーヌ・セネシャリエールが正式に復活して、以後野村ユニソン社と二人三脚の建直し作業が始まった。 畑の整備、醸造所の整備など諸々の土台造りに専念した。そんな努力の中、09年は春の冷害に遭い、厳しい畑の状況と経済状況に直面した。それでも更に健全なる葡萄栽培に必要な機材を購入・投資して、万全の態勢で迎えた10年の春だ。研修していたマチュも正式に入社した。マークの右腕だ。二人で必死の耕作作業や土台造りのお陰で、この5月に入って葡萄の樹も土壌も今まで見たこともないほどに生き生きとしている。フカフカの土壌、土中の微生物も活発に躍動していそうだ。宇宙の光を吸収する葉っぱにもエネルギーを感じる。5月に入って、芽にてんとう虫を見るほど健全で力のある畑に革新の真最中だ。 5月はエネルギーが躍動する! 羊飼いならぬ葡萄飼いのイヌ・ジョジョ 葡萄を守るガードワンだ! ジョジョは醸造所のガードマン。 ここに勝手に住み込んでいる。 お母さん犬が勝手に来て醸造所の一角に4匹ほど生んで、ある程度子犬が大きくなったらどこかに去っていった。 子犬たちのうち、最後に残った一匹がこのジョジョだ。 醸造所に寝泊まりして守っている。クセ者が来れば猛スピードで行って確認する。 そして、醸造所内を守るのは猫だ。 ネズミ捕りの名猫だ。 吾輩はガード・ニャン! この最強ベストメンバーでドメーヌ・セネシャリエールは運営されている! 耕した後の状況を確認するマチュ。 09年は春の冷害で15hl/haしか収穫出来なかった。今年は順調に芽が育っている。35hl/haは収穫できたら嬉しい限りだ。 あのフォル・ブランシュことグロ・プランの畑もマニフィックだ! …

東京・エスポアの仲間達と神田・萬屋天狗にて

全国に約200店弱の仲間を持つエスポア・グループ・特に東京のメンバーは時々情報交換会をやっている。 鴬谷のよろずやのよっちゃん、菊田さん、長さん 過去、色んな酒販店グループが存在していた。生まれては消えを繰り返し、結局現在まで残ったのはエスポアグループだけだ。 残った最大の原因は本部組織が独立して存在しているからだ。 今までの消滅したグループは、メンバーの有力酒販店がまとめ役を演じていた。これでは人が多くなると意見がまとまらなくなってグループとしての行動が硬直化して消滅してしまった。 エスポアの素晴らしい処は、本部組織がシッカリ独立していること。お互いに切磋琢磨でスケールメリット。 自由が丘のやまやさん、いせいの有馬夫人 一個店ではできない事や、一酒屋でやっては利点にならないことを本部が代わって企画・実行してスケールメリットを出すことができることだ。例えば、ワインの直輸入システムにしても、一酒屋ではとても輸入などは考えられない。有力な酒販店が直輸入をやることもあるが、長期に渡って、取引蔵元と良好な関係を続けることが出来なくなってポシャってしまうことが多かった。200店舗が一致協力すれば皆が少しづつ努力すれば大きな力となって長期に渡って醸造元とも良好な関係を続けられる。造り手から販売者、消費者までの共生の世界だ。 世田谷のナカモト、いせいの有馬、横浜の竹之内 まさに、スケール・メリットを皆で享受できる訳だ。勉強会にしても、フランスツアーにしても本部がニュートラルな立場で企画してくれるから皆が自由に参加できるのである。これも一軒の酒屋ではできないことで、ましては継続的にやることは不可能だ。 本当に世界に類を見ないグループとシステムになっている。私はエスポアが直輸入を開始したころからの付き合いだ。だからもう20年弱の付き合いだ。私にとっては家族のような存在だ。まさに共に生きるの実践だ。 この20年の間には酒販免許の緩和、酒の安売スーパー全盛期、衰退期など色んなことが起きた業界だった。 周りの酒屋の倒産閉店が続く中、何とか生き残って来たのがこのエスポアグループだ。今、残っているエスポアのメンバーは、メンバー同士が親戚のような付き合いをしている素晴らしい関係だ。私との関係は彼らの先代からの付き合いだ。云うならば親戚のおじさんのような存在かもしれない。今夜のような、宴会というか、集まりが時々行われている。有馬氏や竹之内氏が声をかけると10名前後はすぐに集まってくれる。 楽しいひと時の一つにブラインドテースティングがある。   皆、一本づつワインを持ち寄ってブラインド・テースティングをやりながら色んな話をして情報交換を楽しむ。本当に皆、佳い人の集まりだ。私も時々参加させて頂くが心地よい空気が流れている暖かい人達の集まりだ。 それに皆、それぞれが、それぞれの方向とやり方で努力しており、大事なところだけは共有してスケールメリットを出している。多少の競合関係は存在しているが切磋琢磨でお互いを盛り上げる素晴らしいグループだと思う。 ESPOAには素晴らしい本物ワインが沢山ある。    今日飲んだ美味しいワイン、まずは口慣らしにCHAMPAGNE …

Gパンのシンデレラ

蔵元名:Domaine de la Sénéchalière 産地:ロワール地方(ナント地区) 品種:ムロン・ド・ブルゴーニュ(ムスカデ) ムスカデというワインは昔、ブルゴーニュ地方で造られていました。ぶどう品種の名前から見てもそのことは容易に想像が出来ますよね。それが後にロワール地方の方が適した土壌だと考えられるようになり、今のムスカデになったのです。しかし一つ残念なことは、多くのムスカデ生産者たちに逸品を目指す志しが見られず、安物量産ワインを造るのだという割り切った空気が漂っていることです。しかしドメーヌ・ド・ラ・セネシャリエールのマーク・ペノ氏は違いました。「繊細さではモンラッシェにも負けない!」真顔でこんなことを言う生産者はムスカデ地区にはペノ一人しかいません。そしてそんな拘りの芸術家は商才に恵まれないものだから、経営は常に不安定で、一時は会社更生法が適用される始末。でもそんなペノの才能を信じ続ける最愛の奥さん(ヨレーヌさん)と愛娘(カレルさん)に支えられてマークは自分の信じる路を突き進むことになりました。 ペノの拘りは想像を遥かに超えていました。ムスカデで拘りといえば、通常SUR LIE(シュール・リー)と呼ばれるもので、これは醸造中に出来たぶどうや酵母の死骸の澱(LIE)をそのまま底に残した状態で、アルコール発酵後から最低でも収穫の翌年3月末まで熟成させるものです。これをすることで瓶詰め直前までその状態を維持し、最も旨みである澱から最後の最後までエキスが溶け出すのです。でもペノはこれ以外に、NUITAGE(ニュイタージュ)という誰もやっていない製法を導入しました。これは夜中に極低温で一部発酵させるのですが、厳選された手摘みぶどうを炭酸ガスの充填されたタンク内に房ごと入れるのです。すると、ぶどう粒の細胞内でゆっくりと還元的発酵が始まるのです。温度12℃で約6時間、凡そ1晩かけて行った後(午前3時頃)に房の茎を取り除き、圧搾してアルコール発酵させるのです。茎ごとタンクに入れるというのは、とても勇気が要ることです。何故なら、普通は植物臭く、土臭くなるので除梗するからです。でもペノのぶどうは茎までも完熟させている自信があるので、風味を複雑にするという一環としてこのニュイタージュを丸々茎ごと6時間行うのです。この6時間という数字と深夜という時間帯に至るまでには膨大な時間と労力、費用を引き換えにしなければなりませんでした。こんな凄い手間暇かけたムスカデですが、ペノは一切コンクールには出品しません。ぶどうの完熟に拘る余り、ミュスカデコンクールのサンプル提出期限に間に合わないからです。でもそんな拘りを分かってくれるのは、家族とほんの僅かな人たちだけでした。ペノは口下手で商売も下手、ワインは中々売れませんでした。唯一の頼りは伊藤さんの日本への販売でした。 或る時、ペノはパリへ行商に行きました。ライトバンに何ケースか積んで、ワイン屋さんやレストランを訪問するのです。でも真剣にペノの話を聞いてくれる処は中々ありませんでした。口下手のペノは、初対面の相手へ言葉巧みに自分の気持ちを伝えることさえ儘ならなかったのでした。石畳の小路をライトバンで揺られながら、サンプルのワインを持って一軒一軒扉を叩きましたが、どうしてもサンプルを飲んでもらうまで行き着けません。矢張り一般的に安物量産ワインという認識を持たれているワインなので、余程のことでもない限り態々試飲するという気持ちにならないのです。「やっぱりコンクールに出して上位入賞するとか、AOC協会やネゴシアンと仲良くなったりしないと売れないんだ。」そんな考えが頭を過ぎりました。疲れ果てたペノは、最後の夜に自然派ワイン通が集うパリ20区にあるワインビストロへ客として行きました。ペノはその店へ行くのは初めてでしたが、そこのオーナーに偶々ワインが売れないことを相談したのでした。そのオーナーは、ペノの実直さに興味を示し、ワインがあるか聞きました。丁度近くにライトバンを駐車していたので、急いで何本か持って来、飲んでもらいました。無ろ過タイプで白濁りというユニークなムスカデでした。「白濁したムスカデか、珍しいな。初めてだよ。」そう言うとオーナーは一口飲んで、息を詰まらせました。(これがムスカデ?なんて繊細なんだ。まるでネクターじゃないか!) 「ラベルが貼ってないが、これは何という名前なんだ?」 「名前はつけていません。ムスカデです。」 「一本いくらだ?」 「○△フラン。」 「何?そんなに安いのか?今在庫は何本あるんだ?」 「○△本あります。」 「よし、全部買った!あっ、それからこのムスカデの名前だけど、俺が命名してやる。Chapeau Melon(シャポー・ムロン)がいい。」 こんな会話が交わされ、ワインは完売したのですが、それ以上に幸運であったのは、このレストランは有名なワイン屋のオーナーや味にうるさいパリジャン、パリジェンヌたちの憩いの場であったことです。この時からシャポー・ムロンは、ワイン通たちの間で名を馳せて行きました。フランス語でシャポーとは、帽子の他に脱帽という意味があり、ムロン・ド・ブルゴーニュ(ムスカデ)の脱帽というこれ以上ない賛辞だったのです。   …

ドメーヌ・セネシャリエール・マルク・ペノ復活

2008年産 収穫完了  人に歴史あり、そして会社、ドメーヌに歴史あり  2007年12月にドメーヌ閉鎖の状況となり、世界中のファンからの応援もあり、取り分け日本の野村ユニソン社の絶大なる支援をうけ、正式に復活のメドが立ち2008年産の収穫に何とかこぎ着けた。 閉鎖から復活までの9ヶ月間はペノ氏にとっては20年間くらいの年月に思えたにちがいない。2003年より2006年までシラク大統領の祝賀会に使用され、自然派ムスカデでは確固たる名声をあげていた矢先の出来事だった。純粋にワイン造りに賭ける情熱では恐らく右にでる者はいないだろ。 実のピュアーな人柄だ。彼の人柄を知った人は誰でも大ファンになってしまう。だから、多くの人達が救済に名乗り出た。しかし、現実に閉鎖された会社を再生させるには巨大なエネルギーと情熱と、リスクを伴った経済的援助が必要だった。 それを現実に成功させてくれた野村ユニソン社にはペノ氏を始め多くのペノファンが感謝している。 この数カ月、私も含めて多くの人達が動いた。それぞれがそれぞれの役割を完璧に演じてくれた。奇跡的にすべてが順調に進んだ。弁護士、管財人、野村社長、竹沢氏、裁判所、農地管理局そしてペノ氏、どこか一つでも狂えば2008年の収穫はあり得なかった。そして、ペノ氏が生涯で最も完璧な品質だったという2007年産が我々の口に入ることになったのだ。感謝!!感謝!!の一言だ。ペノ氏を影で支えて、応援してくれていたすべての人達に感謝したい。取り分けESPOAの加盟店の応援はペノ氏を心理的に勇気づけてくれたバックボーンとなった。皆の応援パワーがあったからこそすべてが奇跡的に動いたのだろう。 このムスカデの地で世界一の美味しい白ワインを造り上げる!!  ペノ氏は本気で言い切る。 『ここのテロワール・土壌は世界一美味しい白ワインが出来るんだ!』 ここのムスカデつまりムロン・デ・ブルゴーニュ品種は60歳を超す古木がある。 特殊土壌 砂状の地質に赤シスト、ブルーシスト、石英の小石が混ざっている。地表の15㎝下はミカシスト岩盤だ。その岩盤の中を根っこが突き破って入り込んでいる。何といういう生命力だ。ここのミネラルはそこに由来している。 地質学者のイロデー氏がこの地を見て驚いた。ミカシシスト岩盤はこの ムスカデ地区では実に希少だという。 醸造工夫・ニュイタージ ペノ氏自身がニュイタージと命名する醸造法がある。一晩の房ごとマセラションである。1998年から2003年の試行錯誤の末、完成させた方法だ。 いづれにしても、ブルゴーニュより北に位置していて、品種もムスカデ品種、この二つの条件だけしかできないタイプの世界一の白ワインがペノ氏の目指すところ。 コクや濃縮度はシャルドネだ、香りではソヴィニョン。 ここでは、まさに剃刀の刃の上を歩くような繊細さ、フィネスがペノ氏の白ワインだ。 …