Partida Creus パルティーダ・クレウス醸造元

マッシモMassimoとアントネッラAntonellaはイタリア北部の山の出身ながら、長年に渡り設計者として暮らしをしていた。
イタリアの洗練されたカルチャーを身につけた人達である。
設計者として生活していた時に、自分の設計したものが、自分が信頼していた人に盗作されて、その作品が世界的話題になったことがある。
そんなこともあって複雑な人間模様の交差する世界に違和感を感じていた。

本来の自分らしい生活をしたかった。
そんな模索中にバルセロナにやって来て、偶然にこの村にたどり着きやっと自分達のやりたいことがハッキリしたのである。マッシモは自分の人生の設計を完成した。今それを実現している真っ最中。

美しい自然の中で、そこに住む人達とお互いに信頼関係を保ちながら、ワインを造り、そのワインを通して世界中とコミニュケーションが取れる夢の世界を設計した。

マッシモが、この村に着いた時、まず驚いたのは、もうスペインでも絶滅しかけている土着の葡萄がここには沢山生き残っていたことだ。どう見ても世界遺産級の葡萄達だった。村の人達はそれらを引き抜いて新品種に植替えようとしていたのである。

マッシモはその葡萄でワインを造りたかった。マッシモが育った北イタリアの実家の状況と本当によく似ていたのだった。
マッシモには直感で確信できた。この葡萄なら必ず凄いワインができることを。

マシッモは農家の人達とコンタクトをとり始めた。よそ者のマッシモが彼らを説得するのは容易ではなかった。
最初は相手にしてくれなかった農家の人達も、時間と共にマッシモの情熱と屈託のないシンプルな人柄に慣れてきた。
やっと、話しを聞いてくれるようになった。

マッシモは提案した。
彼らが、今葡萄を農協に販売している価格よりも、ずっと高い価格で買い取ることを提案した。
やっと、何人かの農家が承諾してくれた。こうしてすべてが始まった。
ラベルにはすべて、葡萄品種の頭文字が記されている。