コルビエールにマキシム・マニョンが居れば、ミネルボアにはジャン・バティスト・セナあり! このセナの凄いのは、とにかく自分をとことん追い詰めるということ。マゾって、正しい表現ではないかもしれないけれど、でも見ればそう思ってしまう。学者が学問を何処までも追及するように、セナは只管ぶどう栽培の探求に明け暮れて来ました。そう、まるで学者。だってセナも奥さんも二人共、ワイン農家になる前はパリで学校の先生をしていたのです。しかしワインへの情熱が二人を突き動かし、気付いた時には教職を辞職しここミネルボアのぶどう畑にたっていました。
お祖父さんが所有していた畑を引き継いだのですが、平地の畑が多かった。平地の畑からできるぶどうの品質に不満を感じていたセナは、叙叙にそれらを売却しては山間の急な斜面ばかり買い漁るようになりました。それらは勿論ぶどう栽培には難しいといわれる場所であり、放っておいてもぶどうが完熟する恵まれた自然環境のミネルボアではまさにマゾ的存在に思われています。セナに直接理由を聞いてみました。彼から返って来た返事は、こんな自然環境の良い場所でぶどうを栽培してワインにすると喉に引っ掛かるほど力強いワインに仕上がってしまうからだそうです。
それがミネルボアの特徴だとも思うけれど、でも彼は飽くまでもBuvabilite(= 飲みやすさ)を限りなく追求するために、敢えて標高が高く、痩せた土壌の北側斜面ばかりを選んでいるのだそうです。つまり、養分が行き届きすぎないことが果汁過多の水ぶくれぶどうにせず、皮の厚い引き締まったぶどうに仕上げ、また北側斜面にすることで太陽による日焼け過多を防いでいるのです。
全体で15ヘクタールあるセナのぶどう畑。栽培している品種は、カリニャン、グルナッシュ、ムールベルド、サンソー、シラーがあります。
平均樹齢は50年。
その中でもセナが特に力説するのが、カリニャン。
「カリニャンはラングドックを代表するぶどう品種だと思う。元々はスペインから来たこの品種は、通常大量生産の安物ワイン用だと思われていることが多い。でも栽培で数を絞って丹精込めて育てればとても高品質なものが出来る。特にこの辺は乾燥しているわけだが、カリニャンは乾燥にとても強い品種でもある。まさにカリニャンこそこの地域では王様なんだ。」 さらに彼はぶどう畑を先導し、誇らしげにその出来映えを見せてくれた。
情熱的な太陽が降り注ぐミネルボアだからこそ、勿論剪定はゴブレ方式。
「栽培指導の先生たちは兎角太陽に浴びせろと説明するけれど、その加減は各地域の自然条件によって当然変化する。そんな簡単なことも学者さんたちは解らないんだ。」
そう言い切るセナは一房のぶどうを指差して、ぶどうの粒さえも房の中で適当な間隔を空けていることを自慢した。
もし房の中でぶどうの粒がびっしり詰まっていたら、接触した部分から病気になったり腐ったりする可能性があるらしい。
この粒と粒の間隔が適度に出来る理由も、偏に土壌がしっかりしている(痩せている)からだという。
収穫するセナのチームは、皆楽しそうだ。セナが一人のおじさんを指差して、彼はスペイン人でずっとセナを手伝ってくれていて、一日に3リットルのワインを飲むのだと紹介してくれた。おじさんはそう言われるとはにかんだ照れ笑いを浮べていた。
皆で笑っていたら、今度は浅黒い肌をした若者がトラクターに乗ってこちらへ近づいて来た。
セナが子供のような表情で運転を代わり、1971年製のトラクターなんだと言って微笑んだ。
二年前、斜面の畑を運行中に一度横転して死に掛けた逸話があるとか。
「こいつとは腐れ縁で、運命共同体なんだ。 」そう言うと少年の様な目で見ている伊藤さんも座席に乗せて記念撮影。
ところで100%手摘みに拘るセナを尻目に、周囲の畑を見渡すと機械摘みばかりが目に入る。セナにそれを指摘すると、待ってましたとばかり講釈が始まった。
「ミネルボアでは昨今90%以上が機械摘みになってしまった。機会摘みして傷つけたぶどうをトラクターの荷台に詰め込んでその重さで下層のぶどうが押し潰されて空気に触れて酸化して、その結果多量のSO2を入れるはめになってしまう。しかもそういう輩たちはタンクに入れる際にポンプで吸い上げるので果汁の分子構造が崩れてしまい、結果的に粗悪な品質のワインに仕上がってしまう。少なくともそんな環境の中で、手摘みに拘る少数派であることに強いモチベーションを感じる。たとえ何十倍も労働しなければならないにしても、高品質なワインを造るのだという強い意志を貫徹して行きたい。 」
放っておいてもそこそこのワインが出来てしまう恵まれた環境。
そんな環境で敢えて厳しく己の仕事に真価を問いながら成長し続ける男の姿が美しかった。