ダール・エ・リボの日本のファミリー宗像シェフの店 メリメロへ


最初に自然ワインに遭遇した日本人

80年代後半から90年代前半、まだ自然派ワインなんていう言葉が存在しなかった時代に、LYONの街を中心に
北ローヌ、ボジョレで自然なワインを造る醸造元が自然発生していた。ボジョレではあのマルセル・ラピエールを中心に広がっていた。北ローヌではグラムノンの亡き当主フィリップ、そしてダール・エ・リボがいた。
このグラムノン、ダール・エ・リボが親戚の様に付き合っていた亡き鬼才シェフのパスカル・サンテーユがいた。
そのパスカルのレストランで働いていたのが、この宗像シェフなのである。
自然派発祥当時から自然派ワインに浸かっていたのである。
日本人で最初に自然派ワインに馴染んだ人は、この宗像シェフなのである。
日本の親戚に逢いに来た二人
当時、若きフィリップ・グラムノン、ルネ・ジャン、フランソワ・リボ達は時間さえあればパスカルのレストランに行っては一緒に飲み食いしていたようである。当時、あのフィリップ・ジャンボンも一緒に働いていた。パリのビストロ・ルペール・ド・カルトゥッシュのロドルフもメンバーに入っていた。
このメンバー全員が宗像シェフを“ヤズ”の愛称で愛している。
全員が当時のことを云う。『あの奇人シェフの故パスカルについていけたのはヤズだけだ。あんなにタフな男は見たことがない。
そのパスカルは一日に3時間すらも寝ずに料理ばかりしていたんだ。まともに一緒に働けたのは日本人のヤズだけだ。』

全員が宗像シェフを尊敬の念をもって見ている。このメンバーはファミリーだった。
だからフランソワもルネ・ジャンもメリメロに来るのを楽しみにしていたのである。

もう心の底から楽しんでいる二人を見た。

宗像さんのメリメロには、いつも暖かい空気が流れている !

メリメロに到着すると、2グループのお客さんがいた。
このメリメロに入ると、皆、直ぐ友達になってしまう雰囲気がある。
自然派ワインの人なら一度は来たことがあると思う。
もし、まだなら是非楽しみに来てください。

宗像さんの自然派ワインの選択は凄い。初期の自然派から最新のものまで、ブレのない品揃えには驚かされる。
古い年代の自然派も確りと保管してある。
宗像シェフの料理もエモーションが伝わってくる。
トラディション・フレンチを食べたくなったらメリメロしかないでしょう。
宗像さんにとっても、遠いところからはるばる親戚がやって来た、と云う感じ。しかも、フランソワまで来てくれた。両者にとっても、本当に嬉しい再会なのがわかる。

いきなりクローズ・エルミタージの白97のマグナムを開けてくれた。
この一本で店中のお客さんが一同に集まってしまった。その後、何本のボトルが開いたことか。

あのフランソワが椅子の上に立って、葡萄狩りの時によく歌う唄を熱唱してくれました。
一曲では終わらずアカペラで数曲を
熱唱。

お返しに丸山さんが得意のエディット・ピアフのラヴィ・アン・ローズを
熱唱。
大宴会になってしまいました。

久々の再会、しかも日本でYAZUに逢って
本当に嬉しそうだったフランソワ。
メリメロがライヴ会場と化した。

忘れられない一期一会でした。有難う!ヤズ!! フランソワ!! ルネ・ジャン !!