9
Sep

ブノワ・クロー  – Benoit Courault

9月7日、BMOの方々、そしてBMOと働いているお客さんを連れ、一泊二日のロワール旅が始まりました。 まずバスの中での説明会と自己紹介!やっぱり竹下さんは話が上手い!マイクを手渡すと昔のエピソードや色々な持ち話でバスを盛り上げてくれます!そしてサンドリーヌも昔はマイクを渡されるのが好きではなかったのに、今では醸造家の噂話や小話で楽しませてくれました! 早速畑に集合!ブノワは2年前に畑を購入したばかり。その前は化学物質でボロボロだった土壌も、今ではふかふかに大変身!やはりブノワの懸命な手入れと自然に対する思いが土に現れています。 これは牛糞とイラクサで出来たビオディナミの調合です。ブノワのこだわりで、牛も自然な植物を食べている自然派なのです。これが肥料となり葡萄の根を更に深く伸ばしてくれるのだそうです。でも全然匂いもしなくてビックリ! 左には甘くて美味しいカベルネです! そして右には樹齢100歳のりっぱなヴィエイユ・ヴィーニュ・シュナン・ブラン。 そしてこの動物達はブノワの宝物!馬のノルウェちゃんとやぎのリベリュルちゃん。『ノルウェ』とはブルターニュの強い風の名前。ブルターニュ出身の馬なのでこの名前に決めたのだそうです。そして『リベリュル』とはフランス語でトンボという意味です。 次に訪れたのはブノワのお家です!けれども畑のど真ん中にあったのは・・・キャンピングカー・・・まさか・・・?!そうです!ここがブノワのスイート・ホームなのです!奥さんと今年1月に生まれたアルフォンス君と、仲良く暮らしている場所なのです! この土地は風が強いので、今後の目標として家にエアモーター、そして太陽熱利用システムを付け加えるそうです。

29
Août

デコンブ・ヌ−ヴォ− – Descombes Nouveau

モルゴン村 “熊” デコンブ・ヌ−ヴォー 熊のような体格、シンプルで優しい心の持ち主ジョルジュ モルゴン村にはあのマルセル・ラピエ−ルがいる。そしてマルセルの薫陶を受けたジョルジュがいる。ボジョレのモルゴンを語るとき絶対に外せない男である。多くを語らない男である。もくもくとやるべき仕事をこなしていく。日本のサムライ的な心を持ち備えた人物である。葡萄園にいると熊が歩いているようだ。大きなわりには動きが軽ろやかで驚いてしまう。決めたことは、何があっても実行してしまう。どんな壁があろうともズッシリと前に進んでいってしまう。彼はあえて、自分のワインを自然派などと口に出したこともない。当たり前のごとくに自然栽培、自然醸造を実行している。 どんなリスクを負っても決めたことを着実に実行してしまう 『俺はただ当たり前の事をしているだけだよ。地球を汚すような行為はしたくないし、人の体に悪いような造りをしたくないだけだ!ここではお爺さんの頃から変わっていないだけさ!』 AOCの組織から嫌がらせが毎年のごとくきている。AOC BEAUJOLAIS NOUVEAUを何度も落とされかけている。 3年前も出荷直前におとされた。しかも全く理屈にならない理由をつけてだ。彼は絶対に引き下がらなかった。直談判に行って役人達を説得してきた。そんな事を力まず普通に実行してしまう。 熊をしっかり支えている奥さん“ジスレン”の存在は大きい

22
Août

ラフォ−レヌ−ヴォ−2008年 – Laforest Nouveau

ヴェレゾン(色付き)の金メダルはラフォ−レ・ヌ−ヴォの畑 なんて美しいんだろう!!感動!! ジャン・マ−ク・ラフォレのヌヴォ−用の畑はブイイの山の北側に位置するケンシエ村にある。 やはりブイィ山の近辺は特殊なミクロ・クロマが存在している。2008年のボジョレの畑状況は、何処も雹の被害にあったり、ベト病にやられている。しかし、ここだけは特別だ。 伊藤  『今の段階で葡萄の状態はどうだい?』 ラフォレ  『完璧だ!ベト病も少なく、色付きも順調だよ。一緒に畑に行こう!自分の目で確かめたらいい。』 ルノ−のトラックに乗って出発だ。 毎年、ヌ−ヴォ−用はラフォ−レ家の畑で最も早く熟すケンシエ村の畑を使っている。 ブイィの山とケンシエ村の間に位置している。ブイィの山がすぐ近くに感じる。 ラフォレ  『どうだい!素晴らしい葡萄の色だろう!』 ニッコリ笑顔のラフォレ。

21
Août

ラパリュ・ヌ−ヴォ−2008年 – Lapalu Nouveau

ラパリュ・ヌ−ヴォ−2008年-青い空と広がる葡萄園 コ−ト・ド・ブイィの山の南側に位置する畑 昨夜はリヨンの街に泊まった。 今朝は雲もあるが青空が多い良い天気だ。朝8時にリヨンから高速道路A6に乗り北に30キロほど走ったヴィルフランシュ・シュ−ル・ソ−ヌの北出口で降りて県道43号線をBEAUJEU方面に10分ほど行ったところにラパリュがあるST-ETIENNE-LA-VARENNE村がある。ブイイの山の南側に位置している。ボジョレ・ヴィラ−ジ地区の畑ではこのブイイの丘の周辺が最も早く葡萄が熟すと云われている。 ジャンクロ−ド  『毎年ここの畑が最も早く熟す。今年もヴェレ−ゾン(色づき)が最も早く始まっている。』 伊藤  『本当だ。モルゴンの方はまだこんなに色づいていなかった。』 ジャンクロ−ド  『それでも、去年より1週間から10日ほどヴェレ−ゾンが遅れている。だから今年の醸造はあまり時間がない。色んな事を想定して醸造シュミレ−ションを模索している。』 伊藤  『どんなことを考えているんだい?』   ジャンクロ−ド  『今年は“ピエド・キュ−ヴ”をやろうと思っている。つまり収穫の3日前に少量の葡萄を収穫して自生酵母を活発化して準備しておくつもりだ。特に日本向けは飛行機便まで決まっているので遅れるわけにはいかない。かといって人口酵母を加えるつもりはない。あくまでも自生酵母のみで発酵をやるつもりだ。』 家族の夢と希望が詰った新築したばかりの醸造所

20
Août

パカレ・ヌ-ヴォ−2008年夏の陣 – Pacalet Nouveau

8月中旬、アメリカから帰ってきたばかりのパカレとボジョレを訪問。2008年ヌ−ヴォ-の畑の状況確認と選別の為だ。毎年、モルゴン近辺のボジョレ・ヴィラ−ジ地区の畑で造っている。セルシエ村の畑が中心になっている。 朝、パリから7:30のTGVに乗って9:00時にはマコン駅に到着。1時間半でついてしまう。駅でレンタカ−を借りた。今日から3日間はボジョレに滞在して2008年ヌ−ヴォの途中状況を確認するためだ。初日は、フィリップ・パカレと一日をゆっくり過ごした。 今年のモルゴン、フル−リ近辺は雹の被害にあったところが多い。標高が高いところがやられていた。 そして、葡萄の色づきが遅れている。例年ならこの時期はほぼ黒い色の葡萄房が見られる頃なのにまだほんのり薄いピンク色と青い葡萄が殆どだ。収穫が遅れそうな感じだ。 伊藤  『8月の今の段階ではどうか?』 フィリップ  『まだ、今の段階では何ともいえない。ただヴェレ−ゾン(色づき)が遅れているのが現状だね』 伊藤  『7月は結構暑い日があったけど、8月に入って比較的に涼しい日が続いている、その影響はどうだろう?』 フィリップ  『まだこれからの天候の方が大切だ。それと、ピノ・ノワ−ルとガメ品種はそれほど太陽を必要としていないんだ。かえって、このくらい穏やかな太陽の方がガメらしいガメが出来上がるんだ。だから今年は期待できると思うよ。』 伊藤  『5月と8月に雹が降ったけどその影響は?』  フィリップ  『今年は選別の年だね。葡萄園の選別と収穫時の選果が大事な作業となる。これからの天候に期待だね。』

19
Août

ブラブリエ−ル・ヌ−ヴォ−2008夏便り−Braveliéres Nouveau

ブラブリエ−ルの樹齢100年のガメ−畑、8月13日撮影  今年はテロワ−ルの年になる。 2008年は、葡萄の色づきが遅れている。2007年に比べても1週間は遅れている。ヴェレ−ゾンと呼ばれている色づき、(葡萄の皮が色づくこと)が始まってから45日間程で収穫が始まる。2008年は収穫が9月中旬から9月25日頃になると予想されている。 ヌ−ヴォ−は出荷日が既に決まっている為に遅れることが許されない。アルコ−ル発酵やマロ発酵が順調に速やかに進むことが大切な年になりそうだ! 特に自然派は補糖もしないし、人工酵母も添加しないので順調に進んでくれることを祈るばかりだ。 2008年は夏の太陽が現在のところ例年より少ない。つまりテロワ−ルが表現しやすい年になりそうだ。 太陽が強い年は、葡萄が良く熟して果実味が主体のワインとなり、テロワ−ルをマスクしてしまうことが多い。2003年、2005年がそうだった。今年は果実味よりテロワ−ルが勝るワインになりそうだ。醸造元の畑と腕の違いが明確になる年になりそうだ。  今年のブラブリエ−ル・ヌ−ヴォ−は樹齢100年の葡萄を使用

5
Août

『ラパリュ・ヌーヴォー』 Lapalu Nouveau 今年も楽しみ!

「ジャン・クロード・ラパリュ」 ガメを知り尽くし、最高のボージョレを造る男だ。 彼のブドウ畑から最新情報が入った! さっそく現地情報をお伝えしよう。 今年も美味しいヌーヴォーを造ってくれそうだ! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 2008年度は、5月の天候は良く、開花は6月8日から10日。 その後の天候は、フランス全体と同じく不順で雨が多く、ベト病の被害がでている。 と言っても、他と比べると被害は微少で、ぶどうは健全な状態である。 やはり、これは自然栽培により、多様な植物をぶどう畑に共生しており、その植物が、水分を吸収し、 ぶどうを健全な状態にてしてくれることと、風通しの良い、ラパリュの畑の強みであろう。 畑にたたずむジャン・クロ−ド  畑を耕している様子 ブドウ樹の間に、けしの花が咲いている。 これらの草々が、余分な水分を吸収してくれる ジャン・クロード自身は、「今からの天候が全てを決める」という。 2007年の悪天候のなか、類まれなる高品質のヌーヴォーを造ったラパリュだけに今年も期待できる。 また、本年度からは、新しく造った醸造所にてのワイン造りとなり、設備も充実、作業スペースも ゆとりがあり、収穫したぶどうを、冷蔵庫にて冷やしてからマセラシオン・カルボニックを行うなどの、 一層の果実味、凝縮度を持ったワインを造ること間違いなし。 新設した醸造所 昨年までは借り物の醸造所で醸造をしていたが、 今年から自分で造った新しい醸造所で醸造を始める。 自分のやりたいワイン造りが存分に出来るだろう! 新醸造所、初ヌーヴォーが楽しみだ!! 奥さんのブリジットとジャン・クロード

25
Juil

Laurent Miquel – Primeur 2008

2007年は特にシラー、黒葡萄の品種についてはとてもデリケートなヴィンテージとして知られています。概してこのような状況の翌年は葡萄が多くなるという傾向があります。収穫の最後の統計を見ると、若い葡萄畑において多くの葡萄を収穫していることが分かります。それに対して樹齢が古い畑はそこそこの収穫でした。これらの反応を観察するのは大変興味深く、我々は樹齢の低い葡萄畑の区画において、ヴァンダンジュ・アン・ベール(摘房)を行っています。 6月は雨が多く降りましたが、葡萄畑に病害はありませんでした。実は、この湿気の時期が乾いた風が吹く時期の後にやってきたため、少し変わったヴィンテージとなっています。 葡萄が成長するこの時期の雨は葡萄畑にとって恵みの雨となり、成長を促しました。5年ほど前から地球温暖化が進んでおり、葡萄畑にとってこの状況はよくなかったので水が必要だったわけです。葡萄畑は大変いい状態です。

24
Juil

LAPALU

Le millésime 2007 nous aura fait trembler jusqu’au vendanges, un printemps et un été chaotique alternant les périodes de soleil, de pluie, de fraîcheur et d’orages une année difficile à négocier. Heureusement le beau temps de septembre ainsi que notre rigueur à la cueillette nous laissent des vins ronds, droits et purs, avec un grand […]

22
Juil

LA PLANETE GRIOTTES

Quand on arrive chez les Griottes, on arrive dans un autre monde. Les valeurs et les repaires de la société moderne n’existent plus ! Envolés ! グリオットのドメーヌへ行くと、現代社会の価値が存在しない、まるで別世界にいるかのように感じられます。 Patrick est assis sur des barriques le pied qui a doublé de volume, il nous explique qu’il s’est cassé le talon en sautant de son tracteur. Son talon […]

20
Juin

”プリウレ・サン・クリストフ”、アルプスを望むテロワールが生む神秘

サヴォアのワインはかなりマイナーな部類に入ると思うが、実は優れたワインがある。それは、大統領晩餐会にもサービスされた、「プリウレ・サン・クリストフ」だ。 1948年にこの地で生まれたミッシェル・グリザール氏は、1972年から複合農業をしていた家族からブドウ畑を引き継ぎワイン造りを行うようになった。 このドメーヌに行くとまず圧倒されるのは、素晴らしい風景だ!起伏のあるブドウ畑の先に見えるのは、雪を頂いたアルプスの山々だ。この風景を見るだけでサヴォア独特のテロワールを感じさせる。意外なのはことのほか暖かいことだ。昼にボーヌを発って三時間ほどで到着したが、ボーヌよりだいぶ暖かい。この地は寒暖の差が大きく、これも高品質ワインを生み出すひとつの要素になっている。

18
Juin

ドミニク・ドゥラン、飽くなきナチュラルワイン造りの追求

自然派ワイン界切ってのひょうきん物、ドミニク・ドゥラン。 彼のドメーヌを訪問するのはとても楽しい。 生産者の間でももちろん人気者だが、彼を慕って彼のドメーヌを訪問する人たちもたくさんいる。 あいにくこの日は雨だったので、カーヴで説明を聞きながら試飲をした。彼の畑がモンラッシェのすぐ近くとは聞いていたが、今日は図解してくれたのでよく理解できた。→下の写真 もともと“モンラッシェ”とは、「小さい山」という意味だそうで、彼の素晴らしいワイン、サン・トーバン1級“アン・ルミイ”はこのモンラッシェ(小さい山)」の頂上にある。すぐ下には“シヴァリエ・モンラッシェ”、そして高名な“ル・モンラッシェ”、シャサーニュ・モンラッシェ1級、シャサーニュ・モンラッシェと続く。なるほどこのように図解して説明してもらうとよく分る。彼の“アン・ルミイ”がこんなにも上品でエレガントな訳は、この立地に由来するのだろう!納得。 試飲しながらドミニクが面白いことを教えてくれた。“メルキュレイ”を樽から試飲したとき、ピペットから注がれたワインの表面には白いものがたくさんプカプカと浮いていた。何かと思ったら、これはSO2を使用しない自然な醸造をすると出てくるフロール(ヴァン・ジョーヌを樽熟するときに生じるものと同じ)だそうだ。えっ、大丈夫なの?とびっくりしたが、このフロールがワインを酸化や変質から守ってくれるのだという。逆に、SO2を添加するとこのフロールは消えてなくなってしまうのだという。一応私もボルドー大学で醸造学を学んだ身なのでちょっと信じられない気がしたが、なるほどそんなこともあるのか、とドミニクのナチュラルワイン造りの経験の深さに敬服した。 ドミニクは、ドメーヌ・ド・シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェの醸造長を務めるなど、いわゆる普通のブルゴーニュのネゴシアンや複数のドメーヌでワイン造りをしていたが、自然なワイン造りをする使命感に駆られ、20年前に自身のドメーヌを設立した。設立当初はSO2をまだ使用していたこともあり、SO2の影響で従兄弟が病気に掛かってしまった。それを期にドミニクはSO2を使用しないワイン造りをするようになった。以来彼はずっとSO2を使用しないワイン醸造(瓶詰め時には僅かに添加する)を一貫して行っているが、自然なワイン醸造は奥深く、探究を常に続けている。また、いつも新しい試みを行っており、今日も珍しいものを飲ませてくれた。それは、サン・トーバン“アン・ルミイ”2004の遅摘みぶどう(パッスリエ)から造ったワインだ。アルコール度数10.5度で残糖が60gもある。しかし、飲んでみると残糖がそんなに沢山あるとは思えないバランスが取れた味わいだ。何でこのようなワインを造ったかというと、ドミニクは遊びで造ってるんだ、といったようなことを言うが、実はSO2を使用しない自然なワイン造りを常に追及しているのだ!他にもSO2を使用しない貴腐ワインを造ったり、酵母も砂糖も添加しない発泡酒を造ったり、また今度は、ポートワインのような赤の甘口を造るといっていた。本当に彼の探究心はとどまるところを知らない。彼は言っていた。「我々が自然なワイン醸造を始めたのはたかだか20年くらい前のこと。自然なワイン醸造についてまだまだ知らないことは沢山ある。」だから彼はいつも新しい実験をしているのだ。 試飲をしていると、今日ドゥランで仕事を手伝っていた若者たちが合流した。聞くと、1人はニュージーランドでワイン造りをしていて明日パリ経由でニュージーランドに発つ前に、是非ドミクニに会いたいということで、1日ここで仕事をしていたとのこと。もう1人は料理人で、ドミニクがバン・ナチュールを揃えたレストランをオープンする計画があり、もしかしたら彼がその店を手伝ってくれるかもしれない、と言っていた。こういう若手がドミニクの基でヴァン・ナチュールを覚えて、将来のワイン界を担ってくれるのだろう。改めて、ドミニクの偉大さに感服した! お問合せ先:オリゾン事務局 TEL. 03(5565)5884

18
Juin

DOMAINE MARCEL RICHAUD- PART 1

鶴の恩返し,マルセル・リッショ− 6月6日、南ロ−ヌに自然派の波をもたらしたリ−ショを訪問(レブルスカ−ドの畑にて)。 マルセルが20代前半の頃、ワインを造り始めたばかりの時、醸造所が無かった。マルセルのお父さんは葡萄栽培家だったが、収穫をした葡萄をすべて農協に売っていた。だから醸造する場所、設備は一切無かった。 マルセルは自分で栽培したワインを農協に持ち込みたくなかった。1年間苦労して自然栽培した葡萄を他の 葡萄とゴチャ混ぜにして醸造してしまう農協のやり方に納得がいかなかった。 こんな事を続けなければならないのなら葡萄栽培を止めようと悩んでいた。 解決策のない壁に悩んでいる時、子供の頃から顔見知りの近所のお爺さんに会って、この事を相談した。 『マルセル、俺の醸造所を使いなさい!』と気持ちよく醸造所の片隅を貸してくれたのであった。 このお爺さんのお陰でマルセルはワイン造りを始められたのだった。マルセルはこの“恩”を忘れることが無かった。しかし、しっかりしたお礼を云えないままお爺さんは亡くなってしまったのだった。 30年後、近所の若い女性がマルセルの門を叩いた。 エロディ 『ムッシュ・リッショさん、あなたの醸造所でワイン造りの研修をさせてくれませんか? 』 マルセル 『君の顔は見たことあるけど、名前は? 』 エロディ 『エロディ・バルムです。 』 マルセルは驚いた。バルム・・・・バルム、あの世話のなったお爺さんのお孫さんだ! バルム爺さんの顔や当時自分が八方塞がりの苦しい状況にいたことなど色んなことが頭に浮かんだ。大きな瞳で真っ直ぐ見つめているエロディを見つめ返した。 マルセル 『勿論だよ!』快諾した。 でもマルセルはお爺さんとの過去のことを口に出さなかった。 エロディ・バルムの2年目のワインを飲んでディスカッション マルセルは約30年かけて自得してきたことを惜しみなく伝授した。エロディは1年間はマルセルの醸造元に 入り込んで研修した。その熱心な姿と姿勢にマルセル自身も感動したし、影響された。 マルセル自身はある程度のところまで到達してしまった。若い頃のワインに対する情熱が冷めかけていたところだった。そこに若きエロディが登場して、その熱心な姿に若かった時の自分を見るようだった。 ドンドン成長していくエロディを見て、世話になったバルム爺さんへの“恩”返しができていることに感謝の念が止まらなかった。マルセルは本当に嬉しかった。 今日はエロディが独立して2年目の2007年産ワインを一緒に飲んだ。正直云ってマルセルは驚いた。 自分が約30年費やしてたどり着いたワインの境地に、たた2年で近づいてきたエロディをみて本当に心から嬉しかった。次々に質問を畳み掛けてくるエロディに、的確に次々と答えていくマルセル、2人の師弟関係は横で見ていて美しさを感じた。 エロディに刺激されたマルセルは今、 次の世代の為に葡萄の植樹を始めた。 現在の自分があるのは先祖や先輩達が植えた葡萄があるからだ。感謝と恩返しの念をこめて、60年後の後輩達の為に植え始めた。しかも伝統マサル方式の苗木の作り方弟子達に伝授しながらである。

14
Juin

DOM. GIBOULOT訪問

ドメーヌ・エマニュエル・ジブロ訪問 ブルゴーニュで最も早くから自然なワイン造りを始めたジブロ。彼とは昨年の11月に東京で開催されたニコラ・ジョリーが主催するビオディナミ生産者グループの試飲会“ルネッサンス・デ・ザペラシオン”のために来日したとき以来だ。朝9時半にボーヌの町のすぐ外にあるドメーヌに到着すると、笑顔で迎えてくれた。早速、地下のカーヴに入り彼の話を聞く。 10haの畑を所有し、その内の5haはコート・ド・ボーヌのシャルドネ、赤はコート・ド・ニュイに2.3ha所有する。そのほかに、リュリイ、ボーヌとブルゴーニュに畑がある。 意外と知られていないのが、コート・ド・ボーヌというアペラシオンだ。オート・コート・ド・ボーヌ・ヴィラージュと混同しがちだが、実はまったく別のアペラシオンなのだ。オート・コート・ド・ボーヌ・ヴィラージュはオート・コート・ド・ボーヌに広がる約20の村の2000ha程のブドウ畑のワインをブレンドして造れるアペラシオンで、大概ネゴシアンがこの地域からブドウを買い集めて安価なワインを生産している。それに対して、コート・ド・ボーヌはボーヌのコミューン内のアペラシオンで、地理的にボーヌ・プルミエクリュのすぐ上に位置する僅か50haの畑から造られるワインだ。従って、コート・ド・ボーヌのアペラシオンは、かなり限定された素性の明らかな上級ワインを生み出す地域と言える。 ドメーヌの設立は1970年、エマニュエルのお父さんがワイン造りを始めた。当初よりお父さんはビオによる自然なブドウ栽培を行っており、エマニュエルは自然とその重要性を身に付け、当然のように自然なワイン造りをするようになった。彼がドメーヌを受け継いだ1985年よりビオで、1996年からはビオディナミでワインを造っている。 彼の行うワイン造りはどんな方法かと尋ねると、その答えは明快。いいブドウさえ出来れば、あとはシンプルに醸造するだけという。何も加えずただ野生酵母の働きに任せるだけだ。 彼は約10種類ものワインを造っているが、その味わいは共通している。白はどこまでも透き通った酸が特徴だ。コート・ド・ボーヌの3種の白を試飲する。始めのキュべ“グランド・シャトレーヌ”は、白い花の香りが印象的。ミネラルと爽やかさな酸がキュッと引き締めてくれて野菜を使った前菜に是非合わせたい。次は“ピエール・ブランシュ”、こちらは蜂蜜の香り、厚みもある。ミネラル感はやや少なくなる。これは石灰の細かくなった砂が多い土壌に由来するそうだ。そしてトップキュヴェの“コンヴ・デヴ”。う〜ん、これは凄い!グランド・シャトレーヌに感じた花のような香り、ピエール・ブランシュの熟したニュアンスを足して上品さを増した、複雑でありうまく調和の取れた味わいだ。これは別格。実は“コンヴ・デヴ”の区画はピエール・ブランシュの中にある小区画なのだが、昔ここに小川が流れており、その影響でこの畑はとても自然治癒力が強いブドウが力強く育つことが出来るという。これこそジブロを象徴するワインだ! お問い合わせ:オリゾン事務局 TEL. 03(5565)5884

3
Juin

Domaine de la Rectorie 訪問 

地中海の碧い海と空、そしてシスト土壌が醸すテロワールワイン 繊細でミネラルなワイン   ドメーヌ・ド・ラ・レクトリ    地中海とバニュルスの街を見下ろす葡萄園   海と山がくっ付いている。こんなに美しい景色の葡萄園を見たことがない。雄大で繊細な美しさ。人間的で野性的。海と山。美しい景色と厳しい土壌。諸々のコントラストが醸しだすワインのスタイルだ。上品で繊細な中にミネラルがしっかり存在した実にすばらしいワインだ。他では絶対にみられないユニークなスタイルのワインを造りだす。 詩人の心と鉄人の強靭な精神が必要 そんなワインを造るには、偶然にはできない。詩人のような繊細さと鉄人のような強靭な精神を備えた人でなければ出来ないスタイルだ。それらを備えているのがパルセル兄弟ファミリーである。 今日は2男のピエールさんファミリーが迎えてくれた。兄弟の中でも最も繊細でやさしい心の持ち主だ。 写真芸術家でもある。 別世界のワインの物語 雑草も生えないようなシスト岩盤の山が土壌だ。 葡萄が生息するのに実に厳しい条件だ。根ッ子がシスト岩盤の隙間に入り込んで根を伸ばしている。 まず岩盤にへばりついて、そして岩盤を徐々に打ち砕いて下に伸びている。葡萄の生命力は凄いものだ。 ここでは、ボルドー、ブルゴーニュの理論は通じない。別世界のワインの物語だ。 美しい景色とは正反対に葡萄木は過酷な条件の中で葡萄を実らせてくれる。 時々、シスト岩盤が崩れ落ちることがある。それでも葡萄木は岩盤にへばりつき自分の使命を果たすべく頑張り続ける。 感動せざるをえない。この葡萄木の努力の結晶が一滴のワインとなる。  ユニークなスタイルのワインが出来上がるのは当たり前だ。 元気が必要な時に飲みたいワイン 頑張らなければいけない時、疲れた時に飲みたいワインだ。 元気が出そうな気になる。 葡萄木、シスト、景観、人 葡萄木がこんなに頑張れるのも、こんなに美しい景色を見ているからだろう。そして、その努力をじっと見守ってくれる、やさしい心をもった人がそばで支えてくれるからだろう。頑張れ!!葡萄!! BANYULS・バニュルスの未来に大きな道しるべ パルセ・ファミリーはバニュルスの名門であり新参者だった。 パルセ家は1800年代よりバニュルスに住みワイン造りをしていた。しかし、現当主のおじいさんは優秀過ぎた。ポリテクに入学。日本でいえば東大のような存在。卒業後、パリにて電話線の会社を設立。一流企業に成功を収める。 しかし、敬虔なるクリスチャンのおじいさんは質素な生活を信条として孫達に、バニュルスの生活の事、人生で大切な事を常に語っていた。  26歳のマーク、パリを離れバニュルスでの人生を決意ピ エールのお兄さんのマークは重大な決意をした。26歳の時だった。おじいさんから話を聞いていた、家族の原点であるバニュルスの家に戻ることを決意。1974年、一つ年下のピエールは若干25歳だった。1980年には弟のチェリーも参加。それまで、曾おばさん(99歳まで生きた)が孤軍奮闘して守ってきたレクトリーが活気を蘇らせた。当時はすべて農協に葡萄を売っていた。しかし、農協の経営に陰りが見え出した頃だった。当時のバニュルスの農家と農協は、売れなくなった酸化ぎみの天然甘口ワインを何の疑問も持たずにせっせと造り続けていた。 農協脱退を決意 新参者であり、おじいさん譲りの経営感覚を持ち備えていたパルセ兄弟は農協から脱退することを決意し、1984年より自分達でワインを造り、RECTORIEの名で販売を開始した。 目的はバニュルスの偉大なテロワールを表現するワイン造りだ。 バニュルスのテロワールはボルドー、ブルゴーニュにはできない偉大なるワインの可能性がある。パルセル兄弟はこの偉大なテロワールが、まだ世界の人達に知られていないことに喜びと遣り甲斐を見た。それまで、ここバニュルスでは超完熟し過ぎた、焼けたワイン、アルコール香のするワインがほとんどだった。スティル・ワインで酸、ミネラル、果実味のバランスのあるワインは当時皆無だった。 天然甘口ワインは、酸化臭、酸化色のものばかりだった。テロワールの表現とは程遠い存在のワインばかりだった。これらの改良に乗り出した。             RECTORIEの館の窓から見た葡萄園、この山全体がシストの岩盤土壌だ。 1−CUVEE ARGILE BLANC アルジル AOC COLLIOURE BLANC フレッシュな酸、完熟感のある果実味,すべてを支えるミネラル感。どこにもないスタイルの完璧な白ワイン.シスト独特のミネラルが特徴。 葡萄品種             グルナッシュ・グリ80%      ブルナッシュ・ブラン20%                平均樹齢50歳         収穫量/H 20HL/H    手摘み カジェット箱 空圧プレス 樽発酵、樽熟、新樽20% シュール・リにて熟成 2-ROSE 赤に近い薄いルビー・ロゼ、ベリー系の果実味、辛口でフレッシュさもある。勿論、シストのミネラルがきっちりしめてくれる。食事合わせたいロゼだ。他に類のないロゼのスタイル。 葡萄品種  グルナッシュ、カリニャン、シラー、クノワーズ […]

29
Mai

CH−VIEILLE JULIENNE -AOC CH-NEUF DU PAPE訪問

パーカー2度の100点満点 5月23日 CHATEAU NEUF DU PAPE のシャトー・ヴィエイユ・ジュリエンヌを訪問した。 フィロキセラを乗り越えた100歳を超える古木  ここの特徴は何と言っても樹齢100歳を超えた葡萄木が沢山あることだ。しかもフィロキセラの被害を逃れたヴィーニュ・フランセーズといわれる正真正銘のフランス産原木の根ッ子をもつグルナッシュ品種の古木が現存している。ヨーロッパ内でも僅かしか残っていない。 その他の葡萄をいれても平均樹齢60歳という例外的な樹齢の古さが特徴だ。 葡萄木の一本一本が彫刻の芸術だ! 醸造所の前にあるのが104歳の古木だ。葡萄木に魂が宿っている感がある。葡萄園に立つとエネルギーを感じる。 葡萄木と土壌が永い付き合いの夫婦関係のようだ。 何があっても微動だしない不動の信頼関係を感じる。 奇跡を起こした砂質土壌 ヴィーニュ・フランセーズ“純粋フランス産葡萄木”を生存させてくれた土壌は偉大だ。奇跡と云ってもよい。 フィロキセラ以前の葡萄木の性質、それからとれる葡萄そしてその土壌に育った自然酵母、それらで醸されるワイン、どれをとっても興味をそそられる。 ガレ・ルレとよく云われる大きな丸型の石があるシャトー・ヌフ・ドゥ・パップの土壌ではない。 海の砂より細かな砂質の土壌の中に、小さなガレ・ルレ(丸石)が少しだけ混じっている土壌である。

28
Mai

人気醸造家、ロビノに質問!!

あのロワール地方の人気醸造家に質問しちゃいました!クラブ・パッション・デュ・ヴァンだけに見せてくれるロビノ氏の一面、皆さんにも教えちゃいます!! 1. ロビノさんのブドウの選別基準? 絶対に熟したブドウを選ぶ事!!それが一番気を付けている事です。 畑で毎日ブドウを味見する事が大切です。 2. 醸造において一番気をつけていること? 化学物質、SO2などは絶対に使用しない事。  白ワイン:なるべくゆっくり丁寧に圧搾を行う事。後、ワインに豊富さを与える為、澱みを少し残しながらワインのの液を澄まします。 赤ワイン:半カルボニック醸造。炭酸ガスを少し入れるだけでワイン醗酵が進み、ワインが気化しにくくなります。 ロゼワイン:圧搾は直接行い、白ワインのように液を澄まします。ロゼワインに含まれている砂糖の量は約20mg 、そして私のこだわりは樽栽培です。     3. 地球温暖化の影響? ロワール、シャニエール、コトー・ド・ロワールに関しては、地球温暖化はブドウの熟成さを高めてくれた為、とても良い影響だと思います。昔に比べ、ブドウのバランスもより完璧になってきました。

22
Mai

CHAMPAGNE DE SOUSA*シャンパーニュ・ド・スーザ - AVIZE村

5月20日 のBLANC DE BLANC の丘、AVIZE。 最近10日間の温暖な気候で一気に枝葉が伸びている。 区画名LES GESTIS DE SOUSAの区画LES GESTISレ・ジェスティスの畑はOGERとAVIZEの堺にある畑だ。樹齢60歳の古木を0.40ヘクタール所有している。 4月の霜で40%の被害にあった。まだ時期が早いのである程度カバーできる。この畑からはBRUT RESERVEが仕込まれる。 畑で飲むシャンパンは最高だ! 日本にも2回来たことがある。本当に仲の良い夫婦だ。小学校からの同級生だった幼馴染だ。 『人生で一番大切なものは何ですか』の質問に間髪を入れず、 エリックは『『ミッシェルだ』奥さんの名前を挙げた。 ミッシェルも『エリックよ』』とニコッと笑った。