14
Nov

ワイン造り12年目のラファエル・シャンピエール、新たに静かに燃えるPASSION !

DOMAINE LEONIS ドメーヌ・レオニス ラファエルの性格は一言でいうと“控えめ”。 自分から意見を主張したり、ワインを売り込む為の語りを自分からすること全くない。 ラファエルの蔵に行ってテースティングしても、黙ってグラス に注いでくれたあとは、ジッと私の試飲を眺めている。 こちらから、質問しなければ殆ど語らない。 こんなフランス人は珍しい。普通は自分のやっていることを2倍に強調して説明、喋りまくる人が多い。 だから、私はいつも話半分で聞いている。 ここまで無口だとチョット心配になってくるほどである。 私にとって沈黙は全く邪魔にならないので、二人でしばらく何も喋らないで試飲に集中することもある。 ワインの品質、レベルは驚くほど高い。 じっくり考えて、目標を定めて、一つ一つの作業を狙った通り実行しない限り、絶対にできないレベルの品質だ。 相当の努力をしているのが分る。 決して表向きに分りやすい味わいではない。ジワリジワリと奥からいろんな要素の味わいが表現されてくる深味がある。 まるでラファエルのような性格のワイン質だ。   ラファエルは地元ボジョレの醸造家の家に生を享けた。何と14人兄弟がいて、11人目の子だった。 多分、この控えめの性格は、大勢いる兄弟の中で築かれたものであろう。   ラファエルは小さい頃から、ワイン造りに大変興味をもっていた。でも兄弟が多いので家業を継ぐことは不可能だった。 近所に若者達がワイン造りを手伝いながら楽しそうに仕事している醸造元があった。 それがジャン・クロード・ラパリュの蔵だった。ラファエルはジャンクロードにお願いして一緒に働くことになった。 ここにも、ラパリュ学校の薫陶をうけた醸造家がいる。 ラファエルは、ジャンクロードのワインの美味しさに感動していた。 自分もこんなワインを造りたいと願っていた。 ある時、近所の栽培家から畑を借りられるオファーがあった。 ラファエルはこんなチャンスは二度とないだろうと、この控えめな性格ながらこの時は一番に手を挙げた。 それが2011年だった。 (夢が叶ったその当時のラファエルの控えめながらも嬉しそうな写真を添付しておく。) しかも、この畑はローマ時代から栽培されていたといわれるボジョレ最古の歴史があるLACARELLEラカレルと呼ばれている区画だった。 ここは最高のミクロクリマ(微気象)を備えていた。ブルイ山の南東に位置していて北からの寒い風をブルイ山が弱めてくれる。ボジョレの中でも最も早く熟す区画の一つだった。 土壌も花崗岩を中心に花崗岩が風化した砂、そしてブルイ山から流れてきたシスト土壌も混じっている。 実に興味深いテロワールだ。 そして、2015年にもう一度、転機がやってきた。一生懸命に頑張るラファエルをみて、実家からモルゴンの畑を分けてもらえるようになった。 その機会に、正式にLEONISレオニスという名をつけて醸造元を設立した。 しかも、70歳、100歳を超える古木が植わっている特別な畑である。 初リリースから12年が過ぎた。 最初からいつもラファエルを横から支えている奥さんクリステルの存在も大きい。 丹念に世話をしてきた畑は、イキイキしている。 最近のラファエルの醸すワインの深味、繊細さは感動的な美味しさである。 特に、ラファエルの醸すCOTES DE BROUILLYブルイは、もうとんでもないレベルの美味しさだ。 標高380mの区画で育つ70歳の古木の葡萄ばかりを仕込んだワインだ。 素晴らしい濃縮感、柔らかい品のあるタンニン、標高からくる爽やかな酸、背骨を支えるミネラル感、これは凄いです。 2023年のLeonisレオニス・ヌーヴォーは如何に? 栽培、醸造に静かなPassionを振り絞って頑張ってきた技を見事に発揮したミレジムとなった。 猛暑、乾燥、そして数回にわたる雹の襲来、決して楽なミレジムではなかった。 収穫は雹と強烈な太陽光線に痛めつけられた葡萄を丹念に選別作業する必要があった。 モクモクと黙ってやるべきことをこなして出来上がった。Leonis nouveau23 自然度の高いナチュール・ヌーヴォー、ホワっとした柔らかいアタック、ジワリジワリと広がる旨味、黙ってスーっと入っていきそうなスタイル。 まさに、ラファエルっぽいヌーヴォーだ。

14
Nov

モルゴン村の一番高い丘に構える“熊”のような存在ジョルジュ・デコンブ

George Descombes 自然派ワイン発祥のモルゴン村の存在感抜群の男George Descombesジョルジュ・デコンブ。 ボジョレの皆からはヌーンと呼ばれて愛されている。 多くは語らずドッシリしていて強面の“熊”のような存在。でも人間としての“心”の中がとてもやさしい男。 ヌーンの愛称は大きな“縫いぐるみの熊”という意味あいで皆から愛されている。 自然派ワインの初期、モルゴンのマルセル・ラピエールが頑張って広めている時代から、マルセルの元で学び共に戦ってきた貴重な人。私もジョルジュとの付き合いはもう30年ほど経っている。 1995年11月、デコンブのボジョレ・ヌーヴォを空輸で明後日の飛行機で日本に運ぶという時に、ボジョレのAOC協会がこのジョルジュ・デコンブ・ヌーヴォに対して難癖をつけてAOCヌーヴォの認可を拒否していた。 当時は、まだボジョレの有力者達が自然なワイン造りに偏見を持っていて、自然派のワインに嫌がらせをしていた時代だった。   今でこそは、笑って話せますが。もう飛行機は予約済だし、日本のインポーターも、飲食店様も皆、到着を待ってヌーヴォーを盛り上げようとしていた。 ヌーヴォが着きませんでした、なんてことが許される時代ではなかった。 私とジョルジュはお互いに顔を見合わせて、“どうしよう?!”無言の???を繰り返していました。 ジョルジュは突然に立ち上がって、 『ITO心配するな!俺はこれからAOCオフィスに行ってサインをもらうまで動かない!』 その顔は、もう真剣そのもの、静かなジョルジュも心の奥で燃えたぎっている怒りを抑えているのがわかった。 当時の若きジョルジュの熊のような体から“凛とした”湯気のようなもの立っていた。 相当な覚悟・決意を持ていたに違いない。 数時間後、許可のサインをもらって、帰ってきた。 もう私は、安心するとい同時に、“この男の気迫の凄さ”に関心した次第だった。 その後、マルセル・ラピエールと共に、ジョルジュ・デコンブの備えつきバーで、祝杯を挙げた夜のことを思い出す。 今では、ここボジョレのAOC協会は非常に協力的に動いてくれている。 今のように、美味しい自然派ワインが無事に日本までたどり着くようになったのは、マルセルやデコンブのような古参の造り手達が頑張って努力してくれたお陰なんです。もう感謝しかないですよね!! そんな自然派ワインの初期の頃の話を、体験してきた貴重な存在の一人がこのジョルジュ・デコンブなんです。 ―――――― ジョルジュ・デコンブのワインのスタイルは、独特の“酸”にある。 ビシっと締まった酸は、たまらない魅力である。 そして、背骨が真っ直ぐなるミネラルとしっかりした酒質(ワイン質)だ。 まるでジョルジュ・デコンブの精神、あの時の“動かない“凛とした”精神力が表現されている。 でも当然ながら精神力だけでは酸とミネラルはできない。当たり前のこと。 ジョルジュ・デコンブの畑はすべて標高の高いところばかり。 どの区画も、ボジョレ中を見渡せるほど標高が高いところばかりだ。 あの心地よく、料理にピッタリと寄り添ってくれる酸はこの標高なのである。 標高が高いから、葡萄が熟すのにチョット時間がかかる。だからジョルジュ・デコンブの収穫の開始はボジョレ中で最も遅い。 仲間の醸造家達が終わった頃に収穫を始めるくらいである。 今年も皆の収穫が終わった頃の9月15日に収穫開始した。 勿論、私も立ち会った。 夜明け前に収穫人達が集まって来て、小型のバスで葡萄園に向かい、ちょうど到着する頃に太陽な昇る。 日の出と共に収穫か開始する。 葡萄園での日の出は美しい! 葡萄園はシーンと静かで、まだチョット薄暗く、チャキチャキと葡萄を切るハサミの音だけが響いてくる。 何とも異次元の世界だ。 23年の収穫が次々と運び込まれてくる。 今年の葡萄の状態を見て思わず笑顔が飛び出すジョルジュ・デコンブ。 狙ったとおりの熟度と酸が感じられる葡萄だった。 2023年デコンブ・ヌーヴォーは? もう30年以上ワインを造り続けてきたベテランの技は、一朝一夕には出せない深味を備えている。 そして、目の前がパァーと開けて明るくなるような“酸”がヌーヴォーに常に表現されている。 デコンブ・ヌーヴォーを飲む度に、1995年の出荷時のことが私の頭を良き思い出として通り過ぎていく。 デコンブ・ヌーヴォも美味しいよ!外せませんよ!

8
Nov

ガメ品種を知り尽くし、その可能性を最大限に醸す“匠”ジャンクロード・ラパリュ

Jean-Claude LAPALU 美味しいワインを造る醸造家は沢山いる。 でも人間的に“この人なら”と心から信頼できる人は少ない。 まず人間性がずば抜けて優れている。 こんな人が造るワインは、いつ、ごこで、どんな時でも、誰と一緒でも、安心して飲めるし、心から安らぐワインなのである。この安心感、安定感、心地よさは、何ものにも代えがたいものがある。 ラパリュのワインを飲むということは、心から信頼している親友に逢って話すようなものだ。 この感覚は、実に大切なことである。 ジャンクロードが何故、こんな素晴らしいワインを造ることができるか? それは、下記のような人間だからである。 *誠実で、謙虚であること。 *並外れた体力があること。 *ものごとを追求する探求心が強く、絶対にあきらめない強さがある。 *常に人の和を大切にすることを考えている。   勿論、ジャンクロードも人の子、間違いもするし、完璧ではない。 でも、上記の人間性を大きく外れたことを見たことがない。 ジャンクロードは、ここボジョレに生まれて、小さい時からワイン造りをしたかった。 でも、それがかなう環境ではなかったので、パリにでて消防士をめざした。 ここで、超人的に鍛えた体力を備えることになった。 パリ消防士には、超エリート集団が存在していて、体力、精神力がずば抜けた精鋭ばかりを集めた特殊部隊がある。 ジャンクロードはその特殊部隊に選別されて、そこで活躍したメンバーの一人である。 この体力が、精神力が、その後のワイン造りに大きく影響することになった。 ジャンクロードは、子供の頃からの夢だった、“ワイン造り手”になることを実現させるためにボジョレに戻り、畑を借りてワイン造りを開始した。 このワイン造りの道を全く知らなかったジャンクロードは、ただ必死に体力の限りを尽くして畑仕事に打ち込んだ。 朝から日が落ちるまで畑で生活していた。 勿論、自然な栽培を実施していた。 造りも全くのゼロからの出発だった。 ジャンクロードは、自分自身ですべて実施しながら失敗も積み重ねながら自然な造りを自得していった。 ボジョレには、マルセル・ラピエールをはじめ名だたる大御所の自然派ワインの造り手達がいたけど、以外にも人見知りのジャンクロードには接点がなかった。 ずっと遅れて、マルセルやジャン・ホワールなどと巡り合い交流がはじまり、色んなことを学んでいったのである。 こんな訳もあって、ジャンクロードの醸すワインは、典型的な自然派のスタイルとは違った酒質(ワイン質)備えている。 ボジョレの醸造家が絶対に造ろうとしないスタイルのワインを次々と造り上げて、業界人を驚かせたのである。 ゼロから始めたジャンクロードには、伝統からくる壁がなく、素直な願望をもってガメ品種のあらゆる側面を表現するワインを発表していった。 例えば、ガメ品種を遅摘みにして超完熟の状態で醸造する、遅摘み赤ワインはまるでバニュルスを思わせるワインだった。 また、限りなく“水”に近い口当たりのワイン“Eau Forte”オーフォルトなども驚愕のスタイルだった。 ガメ品種で、誰も造ったことがない造りを挑戦できたのは、真っすぐな旺盛な探求心と屈強な体力をもって畑仕事を自分の手で入念に完璧にこなしていたからである。 ジャンクロードは、自分の畑を数メートル歩くごとに変化する土壌の状態を知り尽くしている。 この区画で、この部分からは、今年はこんな葡萄ができる、とすべて理由づけられる。 何か、醸造上で失敗があった時は、あの時の自分の栽培上の対応が悪かったんだ、とすべて分析できるほどまで畑と農作業とその後の醸造の関係を研究し続けてきたのである。 こんな事を、謙虚なジャンクロードは、まともに話すことはない。 私も30年間の付き合いの中で、部分的に聞いた話を結びつけて、“なるほど、そういうことだったのか”と理解するようになったのである。 畑仕事を完璧こなしているジャンクロードの葡萄は、ボジョレ中で最も早く熟すので、収穫開始日はボジョレでは誰よりも早い。   今年私とヴィクトールは、9月12日にジャンクロードの蔵に行った時は、多くの醸造家が収穫をはじめたばかりだったけど、当然のごとくにジャンクロードの収穫はすでに終わっていた。 これは想定していたとおりだったので、別に驚かなかった。 私は、この蔵で、プレス機にかけて“Paradisパラディ”と呼ばれる今年の初絞りのプレス液をテースティングするのが最高の楽しみにしている。予想通りにすでにプレスを開始していたのだった。 垂直式の大型プレス機の横に陣取って、ジャンクロードと話しながらこのパラディを飲むことができることに、最高の幸せを感じる。 今年の猛暑と極端な乾燥の中でも、ジャンクロードの畑からは、キッチリ酸が備わった葡萄が収穫できた。 長年の自然栽培で、葡萄木の根っ子が地中深く伸びていて、必要な水分を確保できているのが分る。 それでも、ジャンクロードは云う、『区画によっては強烈な西日の太陽によって、水分が飛んで干し葡萄のようになっている区画もあり、23年ミレジムは区画の場所によって大きな違いが出るだろう』 23年は最終的には、いいミレジムに入るだろうが、区画別にバラつきがでるだろう。 最終的なアッサンブラージが重要な要素となるミレジムになるだろう。 少なくとも、私が試飲したパラディ・ワインは素晴らしいバランスだった。 […]

8
Nov

セミ・マセラッション・カルボニック醸造の天才醸造家レミ・デュフェイトル

今、ボジョレの若手自然派ワイン醸造家の中では、飛びぬけたワインを造り上げているRemi・Dufaitreレミ・デュフェイトル。 ボジョレのガメ品種のメリットは、心地よい“軽快さ”にある。 単に軽快なワインを造る人は山程いる。 しかし軽快さだけでは、つまらない。 レミは軽快さと共に深味、奥行きを感じさせる果実味が表現されている。 特に、ボジョレーヌーヴォの美味しさは抜群である。 そして、驚くのは、猛暑の年でも、全く問題なく軽快さと深味のある果実味が表現されている。 まるでマジックのようだ。 その由来が、レミがとっている醸造方法セミ・マセラッション・カルボヌック醸造にある。 S MC(Semi・Maceration Carbonique)と略称されている造りのことである。 でも、ボジョレでは、殆どの醸造家がこの手法をとっている。 でもレミのようにはならない。 方法は一緒でも、細かな一つ一つに作業の精度が違うのだろう。 同じレシピで、料理しても、複数のシェフによって調理されれば、全く違う味わいになるのに似ている。 全体的には、同じような風味でも、繊細さ、旨味の深さが全く違ってくる。 原料である。葡萄を発酵槽に入れて、葡萄の皮から果肉の方に色(アントシアン)やタンニン、旨味成分が浸透していくのがこの醸造方法のメカニズムである。 その時の発酵槽内の環境つくり、マセラッションの時間の精度、レミの感性には色んなことが観えているのだろう。 あのホワっとしたやさしい果実味、軽快さ、心地よさは、レミ独特のバランスである。 醸造中に、レミが発酵槽の上に座って、ジッと発酵槽の内部を見ていたことがあった。 レミには観えているものがあるのだろう。 今年のボジョレは40度を超す猛暑の夏だった。 今年こそは、流石のレミも濃縮しているだろう、と思っていた。 ところが、今年も更に、心地よい軽快さと共にゆったりした果実味が伴っている。 もう天才、としか言いようがない。 レミは、今年で12回目の収穫となった。 2年前より、新しい醸造所を建てて、設備投資のお陰で、一段と清潔で仕事しやすく、しかも醸造所内全体の冷房完備と収穫後の葡萄を冷却する部屋も取り付けた。 収穫された葡萄が、蔵に到着してからの処理する順序と器具の使い方とスピードは、練りに練った、実に理に叶ったやり方だった。 もう完璧と云っていい。この設備になって、一段と繊細さが増してきたように思う。 レミの師匠はジャン・フロワールである。 今でも、毎日会っている。どうしても会えない時は、電話で必ず挨拶を欠かさない、とのこと。 それほどジャンのことを心酔して尊敬している。 レミのワインには、どことなくジャンのワインに通じるものを感じるのは当然のことだ。 レミにはもう一人、毎日顔を合わせている醸造家がいる。 一番近所の醸造家、ジャンクロード・ラパリュである。 チョットした時間があれば、即ジャンクロードの蔵にやって来るレミがいる。 まるで、お兄さんのように慕っている。 でも、ワインのスタイルは全く違うけど、ジャンクロードからは、仕事の手順ややり方を学んでいる。 今年も収穫はLaurenceローランスが35人の若手ばかりの収穫人を連れて収穫を取り仕切っていた。 9月2日から35人で、約2週間の収穫をしたとのこと。 一つのニュースがあった。今年から、いくつかのキューヴの醸造をローランスが手掛けたようだった。 楽しみだ。 もうじき、ヌーヴォーの解禁が近づいている。今年も、レミ・ヌヴォーは外せないでしょう!

8
Nov

23年CAMBONカンボン醸造に若きエネルギーの新風アレキサンドルが中心に!

自然派の源水である故マルセル・ラピエールが再生させた由緒あるCH-CAMBONシャトー・カンボン醸造が大進化中! あのマルセルが幼馴染のシャモナールとマリーと共に名門シャトー・カンボンを再生させた。 数年前よりシャモナールとマリーは次世代のカンボンを引き継いでくれる若い力をさがしていた。 素晴らしい若きアレキサンドルAlexandreが手を挙げた。 昨年よりカンボンにて、引継ぎ作業を実行していた。 今年、2023年よりこのアレキサンドルが本格的に中心になって収穫、醸造が行われている。 もちろん、マリーもシャモナールも付きっ切りで指導と援助をおしまない。 マルセルが再生させた名門カンボン醸造を次世代に引き継ぐ作業が行われている。 昨年より、アレキサンドルは醸造上に若きアイデアを生かしてワインを進化させている。 2023年の収穫は進化したエネルギーを感じさせるものだった。 今年はボジョレには4回も雹が襲い、40度を超す猛暑が襲った。 でも、アレキサンドルはラッキーな人だ。 カンボンの畑は完璧に守られていた。生産量も満足のいく葡萄が収穫できた。 今年の収穫中の猛暑も凄まじかった。 ボジョレでは収穫中に2人の収穫人が暑さのために亡くなった。 アレキサンドルは収穫人を保護するため、収穫は午前中だけ行い、午後は収穫人を休ませた。 この決断が収穫人のアレキサンドルへの信頼を確かなものへとしたのだ。 収穫の雰囲気が明かるくなり、皆がイキイキと笑顔で収穫する、素晴らしい空気が生成された。 収穫がいい雰囲気と適正な規律の中で行われるのは、大変重要なことなのでる。 収穫がストレスだらけの雰囲気の中で行われたら、収穫人は必要な選果作業もいい加減になってしまうだろう。 一年間の畑仕事で育った健全な葡萄だけが発酵槽に入る厳格さが欠けてしまう。 いい加減な収穫作業からは、絶対に美味しいワインはできない。テロワールの力を発揮できない。 収穫とは、葡萄たちがこれから、我々人間のために、エネルギーを与えてくれる飲み物に変身する門出なのである。 和やかでかつ規律のある雰囲気で収穫された方が、健全な葡萄が収穫されやすく、美味しいワインになるに決まっている。 収穫中の中休みは、収穫人にとって超重要! スクワットのような動作を数百回も重ねながら収穫するから、足腰の疲れも限界に達する。 休み中の軽食や水補給も重要。 アレキサンドルは、昨年、アレキサンドルの案で造った泡、微発砲ワインを収穫人にふるまった。皆大喜びだった。 葡萄ジュースのように爽やかで、汗をかいた時などは最高だ。   今年のCAMBON NOUVEAUカンボン・ヌーヴォーは? アレクサンドルはマルセル・ラピエールが造り上げた飛びっきり美味しい自然なボジョレ・ヌーヴォのスタイルを忠実に再現させている。 カンボンの畑の中でも、最も果実味と酸が残る区画を選んで、今年の猛暑の中で、何と12度をやや下回る軽快で葡萄ジュースのようなスタイルを完成させた。 まさにマルセル・ヌーヴォーと云ってもいい典型的なスタイルに仕上がった。 自然派ワイン・ボジョレ・ヌーヴォの原点である。 歓喜と規律をもって収穫された葡萄達が、我々を喜ばせるために、ワインに変身してくれた! 造った本人、アレキサンドルも思わず笑顔になってしまうヌーヴォーが完成!!

8
Nov

フランスの収穫文化の神髄を貫くラフォーレ・ファミリーのワイン造り

ラフォーレ醸造では、ワイン造りにおいて、収穫は最も重要な要素ととらえている。 ワイン造りは一人ではできないもの。 栽培から収穫、醸造と、どの時期も色んな人が携わって出来上がるもの。 ヨーロッパは狩猟民族のDNAが流れている。だから基本的に徹底した個人主義の思想が中心になっている。 しかし、ワイン造りだけは、典型的な農耕民族の文化でないとできない。 個人主義と集団主義の接点というか調和がワインを造り上げている。 ラフォ-―レ醸造では、約30名の収穫人が毎年フランス中からやって来る。 年齢、男女、経験も程よくバランスがとられている、 20代から70代までばらけている。ここでの収穫経験者も30%は毎年確保している。中には60年間もここでの収穫に参加しているメンバーもいる。 そして、最も大切なのは、男女の割合も半々になっていることも大切だとのこと。 このバランスは偶然にはできない。 マルティーヌが中心になって半年前から、収穫人の選択に取り掛かっている。 (直前になって収穫人を集めているとは、訳が違う。一事が万事!この計画性、キメの細かさがワイン造りには大切) ここの収穫期のこの雰囲気、楽しさ、ビシっとした規律、その中に流れるフランス的なソフトな気心の交流、絶妙なチームワーク、皆でいいワインを造ろう、というスピリッツがいきわたっている。 フランスの国技スポーツであるラグビーのチームワークが、ここラフォレ醸造の収穫には感じられる。 働く時は厳しく規律をもって働き、食事の前は蔵の一角にあるバーでアペリティフをやりながら収穫人同士の交流、会話を楽しむ。そして、皆で昼食、夕食のひと時を過ごす、これがまさに典型的な収穫文化なのである。 しかも、老若男女がバランスよく交じっていて、いわゆる大家族での生活が2週間続くのである。 こんな絵に描いたような伝統収穫をやる醸造元が、かなり減ってきているのが現実なのである。 美味しいワインを造るには、このチームワークの精神が最も大切なことの一つである。 この収穫の準備、人集め、食事調理、収穫人の生活に必要なコト(洗濯)モノ(寝具)、などの調達、管理部門を支えているのは、いつも元気な皆のお母さんマルティーニだ。 2週間の朝、昼、夕食、しかも前菜、メ―イン、デザート、フロマージとフルコースが出てくる。 膨大な仕事である。 ベスト・チームワークで造るラフォレのワインはただ美味しいだけではない。 言葉では表せない最も重要な暖かいエネルギーが詰まっている。 ラフォレ・ヌーヴォ2023は凄い! 40度という猛暑の日が続いた夏、西日が当たる葡萄の水分は極端に少なくなっていた。 でも乾燥していたお陰で病気や腐敗は殆どなかった。 今年は葡萄房の量が多かったので、厳しく選果しながらいい葡萄のみを収穫しすることが可能だった。 最も早く熟す平均樹齢30歳の区画の葡萄をヌーヴォー用に採用。 あまり濃縮過ぎないようにマセラッションは5日間と短めにした。 暑かったので、酸が欠けるのではと心配していたけど、キッチリ酸ものっているいるので安心した。 ラフォーレ・ヌーヴォーは、Brouilleブルイの畑からで、いつも力強さのあるスタイルのヌーヴォーを造っている。 今年は、1982年の世紀のヌーヴォと云われたレベルに負けないスタイルではないかと思う。 ラフォーレ・ファミリーのエネルギーが凝縮したヌーヴォーを楽しんでください。!!  

2
Nov

“プランタン”が世界で最も美味しく飲める店 ルペール・ド・カルトッシュ

Paris 3区の貴重な店!伝統のフレンチが食べられる店、Repaire de Cartoucheルペール・ド・カルトッシュにやって来た。 突然、ザ・フレンチの技から生まれる料理が、無性に食べたくなった。 そんなことを思いながら地下鉄に乗っていて、車両がその店がある駅に止まった瞬間に、“ここだ”とひらめいてホームに飛び降りてしまった。 時々、こんな感じになる時がある。 私が、ここに来たら、黙ってこのボトルが開けられて出てくる。 ダール・エ・リボDARD ET RIBOのC’est le Printempsセ・ル・プランタン“春だ!”というワインだ! 22年産はあまり飲む機会がなかったのでちょうどよかった。 昼というのに、ロドルフ・シェフの料理を、こよなく愛している人達が入れ替わりでどんどんやって来る。 1990年台初期にスイスの三ツ星で料理を担当していた本物中の本物、筋金入りのフレンチ料理だ。 今や、フランスといえども、創作料理的なものが多く、“これぞフレンチ”という店が少なくなってしまった だから、ここは貴重な存在の店となっている。 今日のメニュは珍しいものがあった。 今フランス料理店でスープが飲める店が極端に少ない。 そして、ロドルフがメニューのメーンに魚がでるのは珍しく、鯛があった。 この二つを注文。 ロドルフは料理と料理の合間に、時々テーブルの近くに来て、会話を楽しんでくれる。 ここのファンは、皆このひと時を楽しみにやってくる。 美味しい料理と、根っから明るいロドルフとの会話で元気が出てくる特別な店だ。 それにしても、ダール・エ・リボの“プランタン”22は美味しかった。 日本にもまだ在庫があるのだろうか? 見つけたら、是非、飲んでみてください! お勧めです! 瓶詰めされたオニオン・スープがあったので買って、外に出た。 ホントに、満たされた感じで元気になる店だ。 ありがとう、Merci 、自然に言葉が出てしまう。 最後に、何故、ここで飲むとダール・エ・リボのワインが世界一美味しいか? 自分の店の看板にDard et Riboと書いてしまうほど、ここのワインを愛しているからです。

26
Oct

銀座オザミの小松シェフ・ソムリエとシャブリのTHOMAS PICOを訪問

銀座オザミで最高に“心地よいサーヴィス”をこなし、多くのファンを持っている小松さんが熱望した訪問先の一つがブルゴーニュ・シャブリのトーマ・ピコでした。 PARISシャルルドゴール空港から一挙のブルゴーニュ・シャブリへ直行した。 ここシャブリは、近年、天候不順で収穫量が極度に少ないミレジムが続いていた。 今年2023年は、猛暑もありながらも、結果的に稀にみる高品質で収穫量も満足のいく嬉しいミレジムとなった。 そんなこともありで、最高の笑顔で迎えてくれたトーマ・ピコだった。 OENO CONNEXION社は、トーマがお父さんからドメーヌの一部を引き継いだ2003年の初ビンテージから付き合っている。 トーマが20年間にやってきたシャブリでの奮闘はMAGNIFIQUEマニフィック・素晴らしい!としか言いようのないものでした。 そんなトーマの20年間の奮闘と現在までの地道な活動の一部を小松さんに語りだした。 トーマはドメーヌを引き継いだ当初から、ここシャブリの現実を目の当たりにみて危機を抱いていた。 シャブリという産地は、フランス中のワイン産地の中でも、“シャブリ”という名前だけで黙っていても売れる産地であること。逆をいえば、何も努力しなくても売れてしまう産地といえる。 つまり、ここには、お金儲けだけを目的にブルゴーニュの大手有名なネゴシアン(ワイン商)が参入していて、畑には除草剤、化学肥料など化学物質が大量に使われていて、しかもグランクリュの畑さえも、微生物が皆無で砂漠のような無機質なものに近くなっていて、本来の“シャブリ”と云われるスーッと伸びてくるミネラルが感じられないワインが殆どという現実になっていた。 トーマが2003年より、やってきたことは、ここの本来の“シャブリ”のあのミネラル感を取りもどして、更により進化させて“深味”のある、まだ他の誰もがやっていないシャブリ・テロワールの真価を表現することに的を絞って努力してきたのだった。。 オザミの小松さんは、トーマの奮闘してきた過程ながら、彼が造るシャブリに、他にはない特別な魅力を感じとっていた。 その訳を知りたくて、今回の訪問となった。 トーマは、ここシャブリの特殊なテロワールからブルゴーニュのどこにも比較できない偉大なシャルドネが表現できると確信していた。 2003 年に、お父さんから引き継ぐと同時にトーマはドメーヌ、PATTES LOUP パット・ルを設立した。 最初は、ほんの一部の畑だけを引き継いで、完璧なまでのビオ栽培を開始した。 完璧主義者のトーマは少しづつお父さんの畑を引き継いで、畑をコツコツと着実に整備していった。 20年間の時を経て、今では16ヘクタールの畑になっている。 勿論、すべて人的作業による完璧なビオ栽培を実施している。 トーマは知っている。シャブリの現実は、グランクリュの畑でも機械を使った栽培、収穫がなされていることを嘆いている。 トーマは、すべて人的な畑作業員を実現したかった。 16ヘクタールとうい面積には、贅沢ともいえる12人の畑作業員を確保して、丹念にビオ栽培を実施している。 この規模で12人の作業員とは、かなりの投資ともいえる。 そして、収穫もトーマにとっては超大切なこと。 葡萄の熟度の最高のバランスと時に、一挙に収穫したいトーマは、何と60人もの収穫人を一挙に投入して最良の熟度で収穫することを心がけている。 そんなトーマの話を聞きながら小松さんは、自分がトーマのシャブリに感じてきたことを納得していた。 また、収穫した葡萄をゆっくりとプレスしたあとは、プレスジュースを発酵槽に入れる作業も、ジュースに圧力がかかると繊細さが欠ける危険性もあるので、ポンプを一切使わないように醸造所を改良して重力で発酵槽に入れるようにした。 そして、白ワインの醸造には、特に醸造所のクリーンな清潔さが重要と考えているので、醸造所内はいつもピカピカなクリーンな状態を維持している。 アルコール発酵はクリーンなステンレス・タンクや卵型のコンクリート槽を使用している。 熟成に関しては、1級畑の場合は600mlのドミ・ミュイと呼ばれる中型樽やフードルと呼ばれている大型樽でゆっくり熟成させることにしている。最低でも2年熟成、試飲結果次第では3年熟成しているものもある。 . トーマは、ここシャブリのテロワールであるキメリッジャン系石灰質土壌のワインの本質が表にでるのは,最低でも2年の熟成が必要と考えている。 トーマにとって、これは実に大切なことである。 資金繰りの状況で、なかなか実現できなかったことだけど、20年の歳月を経てやっと2年、3年と熟成させることが可能となった。自分が試飲して今だ、と思う時に瓶詰めして、飲み頃となった時に出荷できるようになった。 小松さんは、最近のトーマのワインの進化、その美味しさの理由が解明されて、納得としたと同時に敬意を持った。 こんな訳で、今、世に出ているトーマ・ピコのシャブリは、キメリッジャン石灰質の独特の本来のミネラルが表現されているのである。 それでもトーマの悩みは、あまりにも多くのいい加減な造りのシャブリが世に氾濫しているので、世界中からシャブリと聞いただけで拒否される時代が到来するのではと危惧している。 本物シャブリのテロワールを飲んでみたいと思ったら、まずPattes Loup パット・ルー醸造のトーマ・ピコのCHABLISをまず飲んでみてください! これが本物シャブリです。 銀座オザミには、この辺の事情をすべて体感して、このトーマ・ピコの本物シャブリをリストに載せている小松さんがいる。 このトーマ・ピコのシャブリを、日本で最高に美味しくい飲ませてくれるのは、銀座オザミ店の小松さんです。 BY ITO, ENZO

22
Août

ボジョレ自然派の源流を継ぐクリストフ・パカレ23年は豊かな実り?

クリストフ・パカレ訪問。 今年のボジョレーは豊作となりそうだ。 今までにクリストフも見た事の無いほどのぶどうが実をつけている。現状病気の脅威もほとんどない。 収穫は9/4頃からの予定。 この後の好天を祈るだけだが、2023年は収穫量、品質ともに素晴らしいミレジムになりそうだ。 ご期待ください!

16
Août

マレ地区で大人気のビストロ、Parcelles/パーセルへ

コロナ禍真っただ中にオープンしたマレ地区にあるこのビストロは、あっという間に人気店に! バカンスシーズンの始めの7月某日、直前にキャンセルが出たとこのことで、奇跡的に当日の予約で行くことができました。 パリらしいタイル張りの床に落ち着いたゴールドの天井。クラシックさとモダンさが織り交ざっています。心地のよいサービスと空間はいつ来ても変わりません。 お料理はもちろんのこと、なんといっても素晴らしいワインのセレクション。食べ物のメニューより分厚いワインメニューに、ワインファンもきっと満足できるでしょう。   オンラインでも予約ができるので(日本語サイトあり!)、日本から出張や旅行で来る際ぜひ訪れてみてください。ちなみに8月21日のディナーまでバカンス中なのでご注意を!  

11
Août

自然の声を聴き、信頼し、溶け込む男 Franz Strohmeier/フランツ・シュトロマイヤー

自然の声を聞き、自然を信頼し、自然に溶け込む男、オーストリアのフランツ・シュトロマイヤーの物腰はとても柔らかい。 フランツのぶどう栽培は自然との会話から始まる。 冬の間にぶどう畑に入り、今までのぶどうの生育を振返り、そしてこれからの生育をイメージする。それはぶどう木とのコミニケーションであり、お互いのポジティブな波動を共鳴させる。 ぶどうが健全な波動を出していれば、そこの中で働く人間の波動も、出来上がるワインの波動も良くなる。もちろん飲み手にも良い波動を与えてくれる。 人間の驕り、怒り、恐れ、とまどいなどの悪い波動もぶどうに影響を与える。いつでも自分自身が常にポジティブな波動を出さなくていけない。     彼の話はまるで禅の説教を聞いているような感覚になる。もちろん、そんなフランツの造り出すワインは謙虚で優しく、身体にも精神にも溶け込んでいく液体となる。ワインの奥深さを改めて感じさせてくれた訪問となった。

11
Août

畑に多様な植物と動物、昆虫、微生物が共生するエコシステム Suman/シュマン

スロヴェニア生産者訪問。そこには自然を敬い、自然と共生する生産者達がいた。 たかがワイン造り、ただのビオ、ビオディナミ栽培ではなく、ぶどう栽培を通じて自然界と繋がり、その自然が与えてくれる恩恵を我々に分け与えてくれる生産者達の想いは深い。   シュマンのぶどう畑は多様な果実の樹に囲まれ、羊、鶏が放たれ、蜜蜂が飛び回る。ぶどう畑にも多様な植物が存在し、ぶどう畑の中ですべてが循環するエコシステムを作りあげている。 すべては土壌にあるという。アルファベットが欠けていると表現できないように、土壌にもアルファベットのようにすべての要素がそろわないと、その土壌を100%表現することはできないという。 ビオディナミは一回の人生では理解できないほど深いものだとも話す。 病害や害虫に対しても、直接対処を一切せずに、ぶどうの耐性を上げ、自然の摂理の中で健全なぶどうを採れるように対処する。 蜜蜂の重要性も語る。蜜蜂の存在により、受粉だけでなく、蜜蜂の持つ毒がぶどうを病害から守る「自然の抗生物質」となり、養蜂箱のロイヤルゼリーやプロポリスなどもぶどう畑に噴霧することでぶどうの耐性をさらに高くする。 調合剤に関しても、多様な自然界の物質を使用し、古いカーヴのパワースポットに保管してあり、電磁波を避けるため携帯などの持ち込みは禁止。ここまで深くビオディナミ栽培に取り組んでいる生産者は今まで見たことない。その志は高く計り知れない。 シュマンといえば、マセラシオンをしたいわゆるオレンジワインだが、それは流行りでもなんでもなく、ぶどうの持っているすべてのもの、ぶどうが土壌から吸収したすべてのものを抽出する時間がマセレーションの時間。 シュマンのワインの中には、この場所の太陽、水、風、土の小宇宙が入っている。

20
Juil

久しぶりのCoinstot vinoコワンスト・ヴィノ!

やっぱりここは心地よい! こんなに適度のスペースがあってゆったりと飲めるところは少ない。 パリにはパッション溢れるビストロが多いけど、チョット狭くて、真夏にはチョット暑苦しくなる。 . 今夜は、CPV銀座オフィスの竹下君が来仏中で、オーストリア、スロベニア、イタリー、フランスの蔵を歴訪してパリに戻ってきたところ、パリ・スタッフと食事会にCoinstovinotコワンスト・ヴィノへやって来た。 . 相変わらず、ワインセレクションがいい! 7本ほど飲んだけど、今夜の感動ワインはこのワインだ。 左から、ラングロールの新タヴェルJardin d’Orfeuilジャルダン・ドルフイユ。 これはすごい! の一言! ラングロール一家の渾身の一本。(現在、日本に向う船の中) EricエリックとThibautチボー、Jolisジョリスの3人の積み重ねた技・エネルギーを上品に繊細に表現されている。 そして、L’AngloreラングロールのEricエリックの親友Jean-Francoisジャン・フランソワのFoullards Rouges フラール・ルージュのGlaneursグラヌールを開けた。 ラングロールを飲んだら、これを飲まない訳にはいかない。 もうルシオンのレジェンド・ワインと云っててもいい風格を備えている。 ウーン、パリでこんな風に飲めるとは、なんと幸せなことだ。 そして、南ローヌのFerme Saint-Martinフェルム・サン・マルタンのTerres Jaunsテール・ジョンヌをあけた。 これまた、若き醸造家のThomasトーマが醸す飛びっ切りのワインに酔いしれた。 この蔵のワインは、濃い目のワインが多いけど、このテール・ジョンヌはセミMcで軽いマセラッションで繊細なスタイル。 ブラヴォー!トーマ。 レジェンド級ワインのあとに飲んでも、素晴らしいトーマの優しい個性が素晴らしかった。 この3本は、ホントに美味しかった。 心地よい場所で、心地よい料理と、ワイン好きのメンバーと飲むひと時は最高だ。

12
Mai

フランス産の原木カベルネ・ソーヴィニヨン、フラン、メルローなど貴重な葡萄木を守る戦い

150歳以上を経過している葡萄木達を生存させる為に、ローランスとパスカルは一つ一つの葡萄木とまるで会話をしながら、それぞれの弱っている部分の対応を駆使している。 マルコタージという手法で葡萄木の横に子供のような存在の葡萄木を再生させている箇所が多い。 枝を一旦地中に潜らせて、その潜った枝がもう一つの別の葡萄木のように芽が出てきて葡萄が育つ方法。 世の中には、効率や利益だけを追う生き方をしない人達がずっと存在していて、世に大切なものを守るような生き方をする人達がいるものです。 これを考えただけでも感動してしまう。 とは云っても、醸造元の経営は大切。 ローランスとパスカルは4,5ヘクタールほど、オー・メドック、マルゴーとブライユにビオの畑を栽培・管理していて、いくつかのキュヴェを造っている。 Gisele ジーゼル  ソーヴィニョンとセミヨンで醸したボルドー・ブランも爽やかでとびっきり美味しい Virevolte ヴィールヴォルト ブライユ地区で栽培したメルロー100%、アルコール度数11%と、軽快で果実味が心地よい。 LUQUET リュケット  カベルネソーヴィニヨン100%のオー・メドック アルコール度数が11.5度とカベルネソーヴィニヨンでエレガントさを表現。

9
Mai

150歳を超えるフィロキセラを乗り越えた葡萄の木がオ-・メドックMARGAUXの隣村に存在

1855年にボルドー・グラン・クリュ・クラッセが制定されました。 この写真に写っている葡萄の木たちは、それと同時期に植えられたものばかりです。 すごいことだと思いませんか? . 私はこの葡萄園に立った時、体が震えるほど感動しました。 . ワインを勉強した方は、皆記憶に残っていると思いますが、1800年代中盤から後半にかけて、ヨーロッパにある葡萄の木がほぼ全滅した時期があります。 それは、あの根っこをダメにしてしまうフィロキセラという害虫が原因だったのです。 . それ以降アメリカの葡萄の木を台木にして、フランスの葡萄の木を接木し現在に至っているのです。 . これだけまとまった面積の純フランス産の葡萄の木が生き残っている葡萄園は他には存在しません。 奇跡的にフィロキセラが活動できない何かが、このテロワールにはあるのでしょう。 . もう感動、感動です。 思わず葡萄の木たちに触りながら話かけてしまいました。 「やあ、本当によく頑張っていますね! ありがとう!」 . しかもここは金融資本的ワイン・ビジネスの世界のオー・メドック。そのど真ん中で生き残っているとはすごいことです。 この畑の周りには、シャトー・マルゴーをはじめ、ボルドー・グランクリュ・クラッセの畑がずらりと並んでいます。 . 2009年にこの畑を初めて見た瞬間、ワインの醸造元を設立することを決意した二人の女性がいます。 CLOSERIES DES MOUSSISクローズリー・デ・ムシー醸造のLaurence et Pascale ローランスとパスカルさんです。 尊敬すべき素晴らしい二人です。 14年間この奇跡的な葡萄園をビオ栽培で育て、馬を使い丹念に丹念に畑の世話をしています。 1ha当たり、たったの10hlしか収穫できません(ボルドー・グラン・クリュの30%以下)。 品種構成については、150年前のフランスでは混植だらけだったのです。 そのためこの葡萄園には11種類の葡萄品種が植えられています(専門家が調査をし、各品種を調べたそうです)。 とても採算の合うような仕事ではありませんが、凄まじいPASSIONと使命感をもってワイン造りをしています。 もちろん、自然な造り方です。 手で収穫して、除梗して、破砕はしません。健全な葡萄粒だけを発酵槽へ入れて、この葡萄園で育った自生酵母のみで発酵しています。醸し期間は3週間ほどですが、アンフージョンのようなやさしい抽出のやり方で醸造しています。 瓶詰めまでSO2は添加しません。 必要があればごく少量だけ、瓶詰め時に使用します。 . ☆BARAGANE バラガンヌ 奇跡のテロワールのワイン! グラン・クリュ・クラッセ制定とほぼ同時期に植えられたフランス産原木の葡萄の木。しかも当時はまだ現在のような醸造テクニックが存在していなかった時代、すべて自然派ワインだった時代。 だから本当のメドックの原点ワインとは、こんな感じではなかっただろうか!? この二人にこれからも頑張ってもらいたい気持ちでいっぱいです。 最近になって、フィロキセラがこの畑でも見られるようになってきたようです。 ちょっと危険な状況になってきました。 メドックの原点であり、フランスの原点。なんとか頑張ってほしいものです。 CLOSERIES DES MOUSSISクローズリー・デ・ムシー醸造! Laurence et Pascale […]

4
Mai

ボルドー右岸の“Cassini”カッシーニにて 日曜の昼を共に

飛び切り美味しいナチュール・ワイン。CASSINIカッシーニを造るアルノー・イザベル・カッシニー夫妻。 この二人には、まるで映画のシナリオのような特別な愛の歴史がある。 この二人は、幼馴染でもありお互いに初恋の相手だった。とくに青春時代に熱い熱い恋愛の仲だった。 でも、若い時によくあるちょっとしたすれ違いにより、それぞれの人生を歩むことになった。 そして、数十年後、二人は田舎街の小さなリブルヌ駅で奇跡的な再会をした。 イザベルは、全く違う街に住んでいて、この日だけ所要があってリボルヌの街にきて帰る為にリボルヌ駅にいた。 アルノーも所要があって偶然にもリブルヌ駅に寄っただけだった。 その時、二人とも、それぞれの伴侶と別れてフリーだった。 こんな再会が、二人の心の中に、若き頃の熱い感情がよみがえるのは当然だった。 赤い糸が動き出して、二人とも運命のようなものを心の奥で感じたのに違いない。 それ以来、二人はもう離れることができない仲になっていた。 そして、その二人が若い頃に住んでいたリボルヌの街、そして再会したこの駅の近所に居を構えて、二人でワインを造ることを決意した。 そんな愛情あふれる二人が造ったがナチュール・ワインが “Cassini”! さて、私達は日曜市場から買い物をして奥さんのイザベルが待つアルノー宅に戻る。 買ってきた食材を、キッチンで皆で飲みながら皆で調理した。結局、それがテースティングも兼ねていた。 私は、カキを開けるのが得意なので担当した。 カキには、CHARBONNAYシャルボネを合わせた。アルノーが数年前より北フランスのリールの街の近郊にある元炭鉱の山に植えたシャルドネ、ソーヴィニョンで造ったワインだ。温暖化の中、数人の友人達と始めた北フランス・プロジェクトのワインだった。 大西洋のカキとの相性はまあまあだった。北フランスなので酸もあってフレッシュ感もあり、飲みやすかった。 折角なので、アルノーの近況の葡萄園状況やボルドーワインの全般のことなど、レクチャーをした。 あとは楽しい食事会になった。 あまりにも楽しくて、食べ物のプレーの写真を撮るのを忘れてしまいました。 市場で仕入れたアスパラと、イザベルが湯がいてくれた半熟卵と赤ワインのマリアージがとても美味しかった。 これには、LA BELLE HISTOIREラ・ベル・イストワールをあけた。 メルローを、自生酵母でSO2を使わずに、やさしいカモシ方法で、果実味が全面にあって柔らかく飲みやすいスタイルのワインだった。 アルノーは自転車で葡萄園まで行って、庭の世話をするように丹念に畑仕事をして葡萄を育てている。 小さな小さな葡萄園を、ホントにまるで庭士のような仕事をしている。そして、育った葡萄を、自生酵母で、SO2を使用せずに愛情たっぷりで醸したワインがカッシニーだ。 右岸ですのでメルローが主体となっています。 あまり濃縮させることなく、果実味を中心にして、ビュバビリテー(飲みやすさ)を重要視した造りをしている。 BORDEAUX ボルドー とST-EMILLIONサンテミリオンの二種類のキューヴェがある。 どちらも、アルノーの人柄がそのままワインになったように、やさしいスタイルである。 今日は、若手スタッフのVICTORヴィクトールと二人でお世話になりました。 あまりにも、ホワッと暖かい空気が流れていて、居心地よくてあっという間に時間が過ぎてしまった。 楽しかった日曜日、ありがとう Merci Isabelle et Arnauld ! このやさしいボルドー・ナチュールは、日本ではESPOAグループが輸入している。 (日本での問い合わせはESPOAエスポア社へ) 美味しいよ!!

4
Mai

Cassiniのアルノーとボルドー右岸のLibourneリブルヌの街の日曜市場へ

ボルドー右岸には、サンテミリオン、ポムロルの銘醸産地がある。歴史的にそれらのワインを世界に流す切っ掛けとなった役割を演じたドルドーニュ河の港があった街だ。 今でも、右岸ボルドーの有数のワインネゴアン(ワイン商)の本社がある街でもある。 この街には、宇宙学者のCassiniカッシニー家の子孫であるアルノー・カッシニーが、居を構えてとびっきり美味しいワインを自然な手法で造っている。 日曜日にも関わらず、訪問を受け入れてくれたアルノーと、日曜市場へ出かけた。フランスでは、いたるところで日曜市場が開かれている。日曜市場は、フランスの深い日常文化の一つ。 日曜は、市場に家族や友と出かけて、素材を仕入れて家に持ちかえってゆっくりと昼食を皆で楽しむ。市場に行けば知り合いや、行きつけの店でアペリティフをやりながら、あることないこと話して時を楽しむ。これって、フランス日常文化の深いところ。 当然、陽気なアルノーには、毎日曜日に逢う知り合いが多く、至るところでとめられてアペロになる。買い物がなかなか進まない。 市場に隣接しているワイン屋・ビストロはアルノーの知り合いが居て危険なところ。もうワインを何本もあけてアルノーを待っていた。 市場から新鮮なカキをあけて、ツマミにしていた。 アルノーは醸造所をもっていないので、友人の蔵の一部を借りてワイン造りをしている。その友人と一緒にアペロをしながら、今後のワイン造りの話をしていて、面白い話になった。彼も、今年から自然な造りに挑戦するとのことになった。楽しみだ。 もう一人、若手のフレドにあった。今は地ビールを造って、この市場で試飲販売していた人だ。フレドもアルノーのワインのファンでもあり、近年中に自然派ワインを造ると豪語していた。ボルドーもホントに変化の時期に来ているな、と感じる。 アルノーと歩いていると実に楽しい。Libourne リブルヌの街の日曜市場を満喫した。

1
Mai

モトックス社のスタッフがPOUPILLEへ

プピーユを日本へ輸入してもう何年もたっているけど、毎年、醸造現場を訪問して情報収集するモトックス社。 ネットでも、メールでも豊富な情報が入手できるけど、やっぱり現場に来ないとホントに大切なことは見えてこない。 畑の微妙な変化、近年の天候事情によって明らかに葡萄木の状態が違ったり、フィリップの考え方の進化で栽培方法も微妙に変化している。実際に来て自分の目でみて、質問して確認する作業は超大切。 この中には、もう10回以上訪問しているメンバーもいる。 蔵元の家族と触れ合って、子供達の成長によってフィリップの思考も、生き方も微妙に変化していく。 醸造所もまた新設した部分もあり、発酵槽も新しくなった、樽塾の場所も変化したり、垂直式圧搾機も新たに増やしている。 フィリップは常により良い品質を追求しながら、ベストを狙って進化している。 このレベルからの進化は、小さなコトの積み重ねが、少しずつフィネス、上品さへの進化に繋がっていく。 こんな小さな積み重ねの一つ一つは、実際に現場にこないと気付かないことが多い。 特に、フィリップは熟成のやり方、期間の長さを大切にしている。特に樽の使い方は天性のセンスがある。 こんな微妙は変化に気づき、即、質問攻めするモトックスメンバーの熱心さは凄いものがある。 フィリップもメンバーの熱心さに、感謝、感動していた。 ☆ボルドーのワインは、テーブルでその威力がわかる。CHEZ POUPILLEにて☆ ボルドーワインは大人のワイン。 造りたてのワインを飲んで、スイスイと体に入っていくスタイルではない。 濃縮感の中にある旨味がジワリとでてくるには、熟成が必要になる。