7
Mar

アルザスのGeschicktゲシクト醸造が日本にやって来る!!

DOMAINE FREDERIC ET ARNAUD GESCHICKT, Ils vont venir au JAPON. 今、アルザスで最も安定感のある蔵の一つゲシクト醸造のフレデリック、次世代のアルノーが日本にやって来る。 フレデリックはビオ・ディナミック協会組織のトップを務めている。 アルノーは、現在アルザスで元気な若い醸造家組織の中心人物の一人でもある。 今、アルザスではゲシクトが面白い。 フレデリックの栽培理論の深さは凄い。 アルザスには、いち早くビオ・ディナミ栽培をはじめた理論家の大御所が多い。 それらの理論を学び、尊重しながら更に実践から進化させた栽培理論を構築しているフレデリック。 そのフレデリックの甥にあたるアルノーは、フレデリックを尊敬しながらも、特に醸造ではよりテロワールを活かす為の自然な造りの試作を次々とトライしている。今、アルザスのゲシクトが面白い!! そんな二人が日本にやって来る。是非、逢いに来てください!! 3月9日は札幌に行きます。13:00札幌試飲会(円山屋) , 夜は愛好家と懇親会予定(円山屋) 10日は』福岡、12:00 自然派ワイン試飲会、(モントレイ・ラスール福岡にて)、夜は中州のワインバーで懇親会 11日東京、夜、ビストロ アンクゥ イベントに 12日東京、恵比寿でBMO 20歳・感謝祭、夜はスカイツリー・ソラマチ・オザミ店にいます。 13日は東京で逢えます。ホテル・モントレ銀座にて自然派ワイン試飲会 こんなワインが飲めますよ。 アルザスのテロワールにのめり込む二人。  

5
Fév

今、ALSACE アルザスが面白い!BMO山田さん編

日本中をワイン販売拡大の為に走り周っている山田さん。 5月のとある日、日本から素晴らしい友人、山田恭路さん、聖子の二人とアルザスにやって来た。朝、パリ東駅から6:55分の一番TGV(新幹線)でアルザスのコルマールを目指した。 普段、日本でもほぼ毎日の如くに移動している山田さんは朝からハイテンション。 TGVに乗ったと途端に日本に電話を入れて仕事をかたずけている。 一昔前の、エコノミック・アニマルと云われた日本ビジネスマンを超えた動きをやっている山田さん。 一か月前に、私は日本に出張した。その時、私は『山田さん、今アルザスが面白いよ!』というと、即、一か月後にはアルザスに吹っ飛んできた山田さんの行動力は凄い。今、日本で最も自然派ワインを市民化、しようと努力している人が、この山田さんだ。 山田さん『自然派ワインを一部の愛好家の世界だけで終わらせてはいけない。もっと、普通の人達にも飲んでもらいたい!』といつも言っている。日本には良い本物商品を販売する質販スーパーがある。山田さんは日本中の質販グループのお店と酒販店を走り周って、自然派ワインの普及の為に販売指導を行っている凄い人。 ワイン、特に自然派ワインを店の棚に品揃えしただけでは、絶対に売れていかない。この山田さんの指導を受けると少しづづ売れだしていく。努力次第では3年かかればその地域ナンバーワンの自然派ワイン販売店になる。 GESCHICKTゲシクト醸造  9:30頃、コルマールに到着。タクシーでGESCHICKTゲシクト醸造を目指した。 GESCHIKTゲシクト醸造があるAmmerschwihrアメルシュヴィル村に到着 アメルシュヴィル村は第二次世界大戦中に空襲で95%ほど壊された街。現在ある街は、再興した住人が生活しやすいように設計されている。 醸造家が多い街なので、収穫時にトラクターなどが出入りしやすいように、醸造所の家の前は広々とした広場になっている。 今日訪問のGESCHICKTゲシクト醸造の前は噴水付の広場になっていて、トラクターなどがバックしなくてもグルッと周って方向転換できるように設計されている。流石、アルザス人。 二人が笑顔で迎えてくれた。 右が当主のフレデリック・ゲシクト*FREDERIC GESCHICKT。左が次世代のアルノー*ARNAUD。 フレデリックはビオ・ディナミ機関のデメテールの副プレジダンを務めている。 GESCHICKTゲシクトに着いてまず、挨拶のお茶がわりに地下に降りて大樽熟成中の15年産を飲もうということでカーヴへ。 醸造所に入ると右側に、地下に降りる扉がある。 アルザスでは多くの蔵が大樽に発酵・熟成をやるのが伝統である。中には先祖代々使っている100年以上も使っている大樽も存在する。 “ミネラリーゼ” ゲシクト醸造では殆どのワインはこのフードルと呼ばれる大樽だるで年間は熟成することになっている。 フレデリック『ここのワインは一年間、この大樽で過ごすことになる。何故なら、一年間かけて葡萄園で育った葡萄をワインに変身して秋、冬、春、夏と同じサイクルをこの樽の中で育てることが大切なんだ。』 『ワイン造りは急いだり、焦ってはいけない。時間がかかるんだ。この一年の天体のサイクルをとうして、ワインとして自覚して、慣れていくんだ。』 私はこの作業をミネラリーゼと呼んでいる。経験豊富なフレデリックの言葉には含蓄がある。 土壌からワインの液体の中に入ったミネラルが、液体に慣れて溶け込んでいく時間が必要なんだろう。フレデリックの云う事は、哲学的で、かつ自然の理に適っている。 蔵に歴史あり、ゲシクト醸造は最初は今の当主フレデリックのお兄さんのクリストフが継いでいた。残念ながら、クリストフさんが若くてなくなり、弟だったフデレリックが継ぐことになった。そして、次世代としてアルノーが2013年より参入した。 尊敬するお兄さんの息子がアルノーである。このアルノーが現在アルザスで起きている若手グループの主要メンバーでもある。ビオディナミ農法の熟練フレデリックのもとで、その熟練技を学びながら、自然派ワインの造りを導入して新風を持ち込んだアルノーは、沢山のアイデアがある。毎年色んな試作ワインを造って研究中である。フレデリックもアルノーの才能を認めて一緒になって将来のゲシクトを組み立てている。 そして、もう一人、強力なメンバーがいる。Aurélie*オレリーである。アルノーの奥さんでもあるオレリーは正式にゲシクト醸造の株主となって宣伝・営業を担当している。このオレリーもALSACE若手グループの主要な活動メンバーの一人である。新旧が一緒になって新しいアルザスを模索している。 だから、今、アルザスは面白い! ゲシクトが面白い!! 今回の訪問時は残念ながらオレーはバルセロナへ出張中で不在だった。 今回は、アルノーの新作を試飲。ピノ・オクセール品種⅔とピノ・グリ品種⅓のマリアージしたワインだ。 土壌の上部を花崗岩が覆っていて、その下に石灰質がある。石灰の旨味ミネラルと真っ直ぐな花崗岩ミネラルをマリアージさせて両者のいいところを表現している。なんて優しくバランスとれたワインだ。まだ熟成中なのに素晴らしくバランスがとれている。この新キューヴェはまだ名前も決まっていないようだ。全体的に15産は果実味豊かでバランスが凄い。山田さんも驚きの高品質。 人気蔵のGESHIKT醸造には、訪問客が多い。私達がいる間にも訪問客が増えてきた。 醸造家の卵、レストランのシェフ、Christian Binner*クリスチャン・ビネールの働いている女性、皆で記念撮影。 ワインのすべては葡萄園で造られる。葡萄園に足を入れずワインを語れない。ゲシクト醸造のテロワールはAmmerschwihrアメルシュヴィル村の丘の下部と上部の部分に分かれている。それとグランクリュKaeffkopfカエフコッフ内にある。 土壌の人フレデリックは山田さんに一緒に歩くことを勧めた。実際に歩かないとテロワールの事はわかりにくい。 地表に近い土壌、地下層の土壌、土の深さ、斜面の傾度、方向など自分の足で歩くとよくわかる。24年間もこのテロワールを見てきたフレデリックの話しを聞きながら散歩した。 ゲシクトの畑は野花が咲いて美しい。村の下部は粘土混じりの砂・石灰質土壌。今年は水分が多いので草花を伸ばしている。草花は土壌に住む昆虫や微生物を護ってくれたり、草花の根っ子が土壌を耕してくれる。ミミズも元気に土壌を耕してくれている。 アルザスの偉大なテロワールを真っ直ぐに表現する二人。 1998年よりビオデイナミ農法を採用したフレデリック。若き後継者のアルノーもアルザスの偉大なテロワール探究の道に情熱を燃やす。    テロワールと葡萄木が仲良く過ごせるように環境を整えるのが二人の仕事。根っ子が地中深く伸びてテロワールから多くのミネラル分を葡萄実に吸い上げられるように 土壌を活性化させている。 草も花も葡萄木もイキイキしているのを肌で感じる。 宇宙の光を一身に浴びて、光合成を繰り返してエネルギーを蓄える葡萄の葉。 最終的には宇宙のエネルギー光を葡萄果実に蓄えて、ワインの中に入っていく。 葉が光合成をしやすいように環境を整えるフレデリックとアルノ。    ゲシクトの葡萄園は、野花畑でもある。気持ちがほっとする空間である。 一般の醸造元では、葡萄園の草は敵である。ゲシクト醸造では大切な仲間である。自然に土壌バランスを整えてくれる味方なのだ。     […]

5
Fév

今、ALSACE アルザスが面白い!

今、ALSACE アルザスが面白い! 今、アルザスが面白い。アルザスに地殻変動が起きている。元々、アルザスはビオ栽培に熱心な醸造元多い。ビオ栽培の大所が何人もいる。一昔前は、ビオ栽培家と自然派ワイン醸造家とは敬遠の仲だった。 ここにきて世代がガラリと変わってきた。 次世代の若者達はビオ栽培、自然な造りを融合した発想を持っている。 自然な造りとは、まず第一に自生酵母のみで発酵醸造すること。第二、収穫直後の発酵タンクへのSO2の添加を止めること。(自生酵母が死んでしまうから)。この2点だけでも立派な自然派ワインなのである 元々、ビオ栽培は農薬を使う栽培家より3倍のリスクと時間をかけて農作業をしている。そのお蔭で土壌に微生物が生き生きと育っている。その元気な微生物の一部が自生酵母なのである。その自生酵母こそがワインの最も大切な風味をワインの中に醸しだしてくれるのである。特に発酵の初期に働く少数の酵母達が超大切なのである。 アルザスの若者達は自然発生的に意見交換、共同試飲会などを開催する若手グループを造っている。 これからのアルザスが面白い! アルザスの葡萄園、街並みが風景は美しい。そして、アルザスの名物と云えば、コウノトリである。 PARISからアルザスへはパリ東駅からのフランス新幹線(TGV)にて2時間でストラスブール、二時間半でコルマールに着く。最近、アルザスに来る頻度が増えている。アルザスが段々近く感じるようになった。 いつも朝一番のTGVに乗る。私はパリ南東のヴァンセーヌの森近辺に住んでいるのでパリ北にある東駅はチョット不便。 一番の6:55分に乗るには5時半には起きていくことになる。これに乗れば9:00にはストラスブールに着く。 9:30にはコルマールに着く。行く醸造元によって下りる駅を変えている。両駅ともレンタカー事務所があり便利である。午前中に一軒、訪問できる。 ストラスブールの駅は建物全体をドームで覆っている。コルマール駅は古風な東京駅に似たレンガ色。

16
Jan

AKIとPassion et Natureで飲むラピエールのワインに感動

私が行った時はまだヌーヴォの解禁のすぐ後だったので、マルセル・ラピエールのヌーヴォーを頂きました。 今日は、CPVの大阪スタッフのAKINORI石川君と一緒。 Akinoriはマルセル・ラピエール醸造で一年間修業して、マルセルからAkiの呼称で愛されていた。 マルセルの最期を見とどけてマルセルの埋葬の夜、 世界中から多くの人が集まった。 AKIはその時、研修中だった。 10年産のマールを圧搾機にかけてパラディと呼ばれる液体を絞り、集まった多くの人達に飲んでもらい、マルセルをパラディ(天国)へ送った男でもある。 今、AKIはマルセル意志を継承して自然派ワインを広める仕事をしている。 そんな男AKIと新大阪でマルセル・ラピエールのヌーヴォーを飲んでいるとは偉大なワインの縁を感じざるをえない。 ヒロヨさんご馳走様でした。有難う。

8
Déc

極を走る二人がPARISで奇跡の遭遇!!Jambon et Simonutti

Il y a beaucoup de vignerons qui passent à Paris en cette saison chez Oeno. Philippe Jambon et Pascal Simonutti se sont rencontrés ici. Ils sont restés une demi-journée, à discuter , manger, déguster, et boire. On a passé un très bon moment. この年末の時期は多くの醸造家がパリにやって来る。 自然派の極を走る2人が偶然に、いや必然的にCPV事務所で奇跡の遭遇。 カタチは違っても極を走るフィリップ・ジャンボンとパスカル・シモヌッティの二人だ。 弁当昼食(パリで日本弁当が買える)、食べながら、約20本のワインをブラインドテースティング、この一年あったことなど、それぞれの“今”を5時間ほど語り合いました。 それぞれが、悩み、問題を抱えながら頑張っている。 フィリップの奥さんカトリーヌが名言。 『問題、悩みを持っていない人など世の仲に存在しないわ。皆』と笑い飛ばした。 50歳を超えてもなお夢を追い続けるフィリップ・ジャンボンを支えるカトリーヌの一言に皆、納得。 ジャンボン・ワインのファンも多いけど、カトちゃんファンも多い。私もその一人。 2016年はフィリップ・ジャンボンにとって、きわめて厳しいミレジムとなった。 ジャンボン家は厳しい年は慣れているけど、16年は度を超えたミレジムだった。 冷害、雹、ウドンコ病ど災害で5hl/haという生産量。 台所を支えるカトリーヌの奮闘が予想される年になった。 […]

16
Oct

ファミリー・収穫人一丸のラフォレ一家の収穫LAFOREST 2016 収穫

伝統の収穫文化を継承するラフォレ一家 今、フランス中で伝統的な葡萄収穫文化が失われつつある。 このボジョレが一番残っている産地だ。 もうじき、無形世界遺産になるのではないか、と思う。 伝統的な収穫とは? 収穫人がフランス中、いやヨーロッパ中から集まってきて2週間は、合宿生活をするパターン。 朝昼夕の食事から寝起きまでを共にする。 2週間後には半分家族のような関係になる。 この収穫期間に巡り会って結ばれるケースも多かった。 フランス社会学的にみても、この葡萄収穫でフランス中の血統が混合された、と云う話しを学者からきいたことがある。 この伝統文化が消えつつある。 理由は 第1に、2週間も朝昼夕の食事を準備する人、普通は奥さん。そんな仕事を引き受ける奥さんが少なくなった。 第2に、フランス労働法が厳しくなって、従業員とみなして2週間でも滞在する場所(部屋、トイレ、シャワー部屋)など設備の検査がうるさくなったこと。 第3に、単に葡萄を収穫するという作業のみを重視して、近隣の人、もしくわ、今はスペイン人、ポーランド人などの出稼ぎ専門紹介人に依頼すれば彼らは、グループでやってきて勝手にテントやキャンピングカーで自給自足して一切面倒みなくてもよいシステムが存在している。 収穫とは 最近の醸造元は、単に素早く葡萄を収穫して、発酵槽に入れれば、よろしい。と考える蔵元が多くなってきた。 収穫人も単なる、お金、給料をもらうだけでよい。 “喜び”を創造するワイン ワインの原点、素材を収穫する人達が、楽しく、喜びの心を持って収穫するのは、実に大切なこと。収穫人が急かされて、ストレス一杯の状況下で収穫された葡萄と前者の葡萄は、同じ熟度でも同じであることはない。 私は30年間、フランスの収穫時は可能な限り醸造元を訪問してきた。 昨今は、ビジネスライクな味気ない収穫が段々多くなってきて、チョット寂しく感じている。 美味しく感情まで伝わってくるようなワインを造る醸造家の収穫は、実に穏やかで楽しそうでかつ精度の高い収穫をしている。 これらの醸造家は常に収穫人の感情を大切にしながらも、精度の高い収穫をしてもらうように心がけている。 物凄い気配りをしながら、収穫を進めている。 ラフォレ一家の収穫はフランスの典型的な収穫文化を今も続けている。 ラフォレ一家の収穫人の中には、もう30年も毎年やって来る人達、20年前よりの人、10年前より、数年前より 新人と、年齢も若手から70歳ぐらいまで入り混じって2週間一緒に過ごす。 ベテラン収穫人達が収穫の技術的なこと、(腐った葡萄を入れないことなど)、また若手を元気付けたりハッパをかけたり、笑わせたり雰囲気づくりをやってくれる。 本当に2週間後には皆ファミリーになっている。収穫が終わって帰るときは皆涙ぐんで分かれを惜しむ程になる。 だから、来年もまた来ようと思う。収穫後も皆、家族のように付き合っている。 これが伝統の収穫文化なのだ。 収穫は単にワイン造りだけではない。 ワインと共に“喜び”というか、ポジティフな波動のようなものを造りだしている。 こんな環境の中で収穫されたワインは美味しいに決まっている。 ラフォーレ・ファミリー紹介 まず最も大切な人、超働きものお母さんマルティーヌ。 このお母さんが30人分の朝昼夕の食事の準備、その他の面倒をみている。 皆のお母さんだ。 三つ子の子供を育てた三児の母。 お父さんのジャン・マルク この人も超働き者。毎月、パリのビストロ、レストランに配達にやって来る。 パリのビストロでも人気者。 私がジャンマルクと出会ったのも、ビストロで飲んでいる時に配達にきてであった。それ以来の付き合い。 今年から正式には引退して息子達に譲ったにも関わらず、全く変わらずにまだ第一線で働いている。ジッとしていられないお父さん。 三つ子の一人、ピエール。 主に醸造を担当している。静かな性格。 ワイン学校を出てお父さんについて、ワイン造りを学んだ。 今年からは、このピエールがワインを造っている。 お父さんとは、違った感性を持っている。 より自然な造りに挑戦している。 主に葡萄園を担当しているトーマ。 収穫中は、殆ど収穫人と行動を共にしている。 16年の難しい年も、彼の働きのお蔭で、良い葡萄が無事収穫できた。 年中の畑仕事はピエールと2人で一緒にやっている。今年の様に湿気があって病気が繁殖した年は […]

10
Oct

自然派元祖マルセル・ラピエール家の直系Christophe Pacalet*クリストフ・パカレ

クリストフ・パカレの血液がもう自然派と云ってよい。 幼少時代はマルセル・ラピエール家と共に過ごしたクリストフ・パカレ。 クリストフのお母さんはマルセルの妹、マルセルと一緒にドメーヌで働いていた。 ブルゴーニュの天才醸造家フィリップ・パカレのお母さんもマルセルの妹。つまりフィリップとは従兄同士。 子供の時はモルゴン村でフィリップ・パカレと共に過ごしていた。 白黒写真の右端の男性が若きマルセル・ラピエール。 右の赤ちゃんを抱いている少年がフィリップ・パカレ。 そして、フィリップに抱かれてぐっすり眠っている赤ちゃんがクリストフ・パカレです。 生まれた時から自然派。 クリストフの体には自然派の血液が流れている。 断食道場にて15キロの減量を実行 16年の収穫に合わせて、精神と体を一新したクリストフ。 最近、やや太り過ぎだった。醸造家としても10年を超えて、新たなスタートを切りたかった。 クリストフはいつも思った事は、まず“可能だ”と思ってから断固実行する。 今年は、ボジョレを諸々の天候災害が襲った。5月の冷害、そして6,7月の曇り空、湿気からくるベト病の繁殖、8月の35度を超す猛暑、その間、3回にも及ぶ雹が降った。シルーブル、シェナの標高が高いところの畑がほぼ全滅した。 今までにない変化に対して、心身を新たにしてゼロの気持ちで臨みたかった。 16年のクリストフは、気合の入れ方が違う。 減量前と現在の写真 スリムになって10歳は若返った CHRISTOPHE PACALET*クリストフ・パカレ2016年産収穫 9月21日、まだ薄暗い朝7時に収穫人が次々と集まっている。冷気から朝靄がかかる葡萄園を走る。8度と涼しい気温だ。 自然派ワイン醸造には好適な気温である。収穫した葡萄を冷やす作業を省ける。 葡萄園に到着、クリストフから収穫における注意事項、今日の予定のメッセージを伝える。 特に、選果作業、腐ったり、傷んだ葡萄を絶対に入れないように注意を繰り返した。 現場は大切!! クリストフは現場に残って、厳しくチェック。 中にはあまり収穫現場に行かない醸造家がいる。何事も現場は最も大切な場所。ワイン造りの原点・素材である葡萄が穫れる場である。原点は超大切!! 収穫人の選果する意識が定着するまで時間がかかる、繰り返して指導しないと徹底されないことをクリストフは知っている。 (中堅、古参になると現場にあまり行かない醸造家が多い) 困難を乗り越えて収穫2016!!   今年の7月にはこんな素晴らしい葡萄が穫れるとは想像もできなかった。 3回にも及ぶ雹で全滅した区画があり、全体で30%程は収穫量が減った。 しかし、こんな健全な葡萄を結果的には収穫できた。 心から喜ぶクリストフ・パカレ。 強力な助っ人! Denis PESNOT*ドゥニ・ペノ(マーク・ペノの兄弟) フランス・ソムリエコンクールで2位になって、三ツ星ロブションがロンドンに進出した時、立ち上げからチーフ・ソムリエとして大活躍したドゥニさん。 マルセル・ラピーエルに親しんでボジョレに来てしまった。 芸術肌の感性を持ち合わせているドゥニは、画家として第2人生を送っている。 ワインの知識とテースティング能力は凄いものを持っている。 クリストフ・パカレは、もう一度、ドゥニをワインの世界に戻したかった。 ドゥニに、ワイン造りの協力を依頼。3年前よりクリストフ・パカレ醸造に強力な助っ人が参加している。 この急斜面での収穫は体力的に厳しい。 9:30頃キリの良いところで休息がはいる。 クリストフは近隣の若者を集めて収穫する。 何人かはブルガリアの若者もいた。 クリストフ・パカレ・ヌーヴォは!? こんなに素晴らしい葡萄が収穫された。 幾つもの困難を乗り越えて、何とか収穫までたどり着いた。 あまりにも、完璧な葡萄なので、収穫人も気持ちが良い。 『これで、最高のヌーヴォーを造るぞ!今年の秋も日本の皆さんに喜んでもらえること、ができる!! 12度前後の軽めのグイグイいけるスタイルの理想的なボジョレ・ヌーヴォーになるでしょう!!』クリストフ 昨年のヌーヴォーの時、クリストフ・パカレは日本に行き、多くの人に巡り会い、お世話になりました。 皆さんに心より感謝しております。2年に一度行くことを決めています。有難うございました。 […]

9
Oct

Pur Nouveau 2016

ボジョレ美味しいですか? 勿論、美味しいですよ !! 2016年、難しい年だったけど、フロリアン、シリルの二人も満足のいくヌーヴォーができました。 軽めで酸もあって繊細なスタイルはシリルの得意とするところ。 CHATEAU BEL AVENIR*シャトー・ベル・アヴニール 今まではネゴシアンとして活動してきたFlorian Looze*フロリアン・ルーズとCyril Alonso*シリル・アロンゾだったけど、念願の醸造所を昨年購入。 2016年は剪定から一年間の畑仕事、醸造、ビン詰まですべて自前の醸造所でやった。 難しい年にも関わらず素晴らしい葡萄を収穫。 長年の二人の夢が実現した年だ。 醸造所はシリルが尊敬する故ジュル・ショーヴェ先生 が持っていた畑の近所に位置している。 土壌が素晴らしい。単なる花崗岩だけではない。 石灰質土壌、シスト、川から流れてきた丸石など非常に色んな石が交じりあった土壌を備えている。 名前の如く、ベル・アヴェニール将来が楽しみな蔵だ。

8
Oct

心・技・体 充実の収穫 Jean-Claude LAPALU*ジャン・クロード・ラパリュ2016

何事にも“旬”というものがある。 食べ物も、旬のものは本当に美味しい。 人にも、あらゆる角度から見て“今だ!”という時期がある。 今のジャン・クロード・ラパリュをみていると、その“今だ”と思う。 経験、精神、体力、どれをとっても今が充実。 この三つが和した“技”は エッ!と思うような奇跡的なことを成してしまう。 一般的に難しい年だった2016年に、ジャン・クロードは言い切る。 『私の過去で、最高の品質の葡萄を、豊作と云ってもよい量も確保できた。』 フランス中で2016年にこんな言葉を云えるのは、このジャンクロード・ラパリュだけ。 完璧な葡萄と量を収穫 確かに、ここまで完璧な葡萄房を実らせた葡萄木を、私はこの16 年にフランス中で見ていない。 天がジャン・クロードに与えた天候は皆同じである。 ジャン・クロードがそれに、合わせて、キッチリ対応できた。というしかない。 本当に、必要な時に必要なとことを、一寸の隙もなく,精確に実行できたという結果でしかない。自分でも感心するほど完璧な葡萄ばかり。 勿論、ツキもある。でもツキも実力と云える。 16年のジャン・クロード・ラパリュのワインは面白い!! ジャンクロード・ラパリュ 少数精鋭の気合の収穫 !! ジャン・クロードの人なりは、“質実剛健”“謙虚”“無言実行” 自分や自分のやっている事をアピールすることは、殆どしない。 他人のやっていること、他人のワインを批判することがない。 自分のやるべきこと、やりたいことをコツコツと確実にこなしていく人だ。 勿論、完璧な人はいない。 でも、尊敬に値する人柄である。 ワインもボジョレでは、先頭を走る一人であることは間違いない。 強靭な精神力と体力で独自なジャンクロード・スタイルを確立した。 体力は強靭。若い頃、パリ消防士の特殊隊に入っていた程の強靭さ。 (特殊部隊は過酷で危険な状況下で活動できる強靭な体力、精神力が要求される。) 己を律する精神力も持っている。   お祖父さんの畑を継承、最初は農協に葡萄を販売していた。20年前より自分で造りだした。当初は、自然派グループとはあまり接触がなく、独自で失敗しながら自然なワイン造りを模索した時代がある。 後に、マルセル・ラピーエルや自然派グループを知り、自然な造りを学んだ。 しかし、最初の独自で暗中模索した時代に彼の独自性が造られた 子供のような遊び心も備えている。一緒にいて心地よい。 だから、多く若者達が、ラパリュの門を叩いて、手伝いながらワイン造りを 勉強にやってくる。 この収穫人の中にも将来の若き醸造家の卵が何人かいる。 On peut dire que Jean Claude est un rechercheur du GAMAY. Jean Claude nous a montré tous les […]

7
Oct

ボジョレ・ライダーの若大将・ダミアン・コクレ*Damien COQUELET

モルゴン村の最良畑、コート・ド・ピィの丘に約4ヘクタールの畑をもつダミアン。 醸造所も独立して、完全に独り立ちしたダミアン。 根っからの明るく飛んだ性格のダミアンは小さい頃からお父さんのGeorges Descombes*ジョルジュ・デコンブにについてモトクロスをやっていた。 ボジョレのオートバイ・グループの先頭を走るライダーでもある。 収穫はライダー仲間が手伝いにくる。 ダミアンの造りは、デコンブの教えを継承、つまり、マルセル・ラピール -デコンブ -ダミアンと続くボジョレ自然派の正統を受け継いでいる。マルセルの孫弟子にあたる。 自然派ど真ん中の醸造方法を継承。 グラップ・アンティエールのセミ・マセラッション・カルボニック醸造、勿論,醸造中のSO2(酸化防止剤)の添加はなし、自生酵母のみで発酵するリスクある醸造を継承。 だからこそ、収穫時の選果はかなり厳しくチェックしている。 本当に健全な葡萄しか発酵槽に入れない。云うは安し。 葡萄園の収穫時に、収穫された葡萄をチェックして品質に問題のある葡萄は、この段階で捨て去る。この段階でかなりに量の葡萄を捨てる。 簡単に、SO2無添加の醸造というけど、もし悪い葡萄が発酵槽に入ってしまうと、雑菌が繁殖してお酢になってしまう。大変なリスクを負いながら、自然派ワインを造っているのです。 色んなことがあった2016年 モルゴン村を襲った3回にもおよぶ雹の襲撃。 5,6,7月の雨と湿気によるベト病の大繁殖。 8月の35度を超す極端な猛暑。それによる水不足。葡萄の乾燥。 最終的に9月初旬の雨ですべてが解決。どんでん返しの結果、こんなに素晴らしい葡萄が収穫することができた。 勿論、ここまでくるには、特に7月のベト病対策の畑仕事は 大変な神経と労力を費やしたダミアン。 歓喜の収穫。でもベト病の形跡、雹の影響を多く受けた葡萄を取り除く、選果作業が 大切な年でもある。 収穫はお父さんより更に1日遅く、ボジョレでは最も遅い収穫を開始。 何と9月26日に収穫開始。 葡萄の熟成を最終段階まで待ったダミアン。 8月の水不足による光合成のゆっくり化の影響で、ダミアンの納得する葡萄の熟度が得られなかったからだ。 妥協を許さないダミアンのチャレンジ精神は凄い。 実際に、周りの仲間が、10日前に収穫を始めている中、ジット待っているのは かなりの忍耐力がいることである。 2016年のダミアン・ヌーヴォは? 今年は、クリュのレニエの葡萄とビラージ区域の葡萄を使って醸す贅沢なヌーヴォーとなる。 格下げして、単なるボジョレ・ヌーヴォー呼称となる。 果実味が主体でアルコール度は控えめな12度前後、 酸がハッキリして凹凸があるメリハリを感じるスカット したヌーヴォーになりそう。まだ、醸造中なのでハッキリはいえない。でもダミアン・スタイルのクッキリしたヌーヴォーになりそう。ダミアン・コクレ・ヌーヴォーは買いですよ! ボジョレのビストロでの人気者 ダミアン・コクレ Bistrot Atelier * ビストロ・アトリエ 収穫の後は皆でビストロへ。ライダー仲間が集まってくる。 モルゴンには醸造家が集まるビストロが何軒かある。 チョット前までは、マルセル・ラピエール、ジャン・フォワラール、プティ・マックスなど一世代前の自然派の大御所がよく顔を出していたビストロATELIER アトリエがある。 今や、醸造家も世代交代しつつある。ダミアン・コクレの年代が主流顧客となりつつある。 このビストロに行くと、時には、実に危険なことがある。 客が殆ど知り合い同志なので、一杯づつ奢り合う習慣がある。10人いれば、最低でも10杯はあ飲まなければならない。 今夜も10人程はいた。奢り合いが2周廻って20杯となった。 中にはベロベロに酔っぱらっている人もいる。 人気者のダミアンは早口でジョークを飛ばし続けて皆を笑わせる。 しまいにはカウンターの中に入って、まるでダミアンが店主のような雰囲気になってしまう。 今夜はダミアンの美人フィアンセがいた。そして弟のケビンもいた。 何とか、隙をみつけて、店を出ることに成功。ヤアーよく飲みました。 ダミアン・パワーは凄い!! […]

6
Oct

CASSINI LOVE STORY * カッシーニ・ラブ・ストーリー 

運命の糸で引き寄せられた二人 アルノーとイザベルは北フランスのリール出身。 イザベル20歳、アルノー25歳の時、恋しあっていた二人。初恋同志の二人は若すぎた。 運命の糸が見えていなかった。 アルノーは真剣だった。 プロポーズした。 しかし、イザベルは20歳、まだ結婚など考えらなかった。 結局、二人は別々の人生を歩みだした。 その後、二人とも別の相手とお互いに結婚して子供ももうけた。 それから30年もそれぞれの家庭で幸せな日々を送っていた。 しかし人生には色々なことがある。 定められた運命には逆らえない。 30年後に運命の糸が動きだしていた。 結局、アルノーもイザベルも離婚するこという結果になっていた。 そんな二人がある時、偶然にもイザベルが所要でボルドーのリブルヌという小さな町の駅にいた。 イザベルは共通の知り合いから、アルノーも今日同じ街、リブルヌに居るとのことを聞いた。 イザベルは自分の胸の奥で、ずっと眠っていた何かが動き出したのを感じた。 イザベルは電車を待っていた。 17分後に電車がくる。 アルノーに電話した。 『今、リボルヌにいる。逢いに来ない? 17分だけ待つわ』 アルノーはその時、前奥さんと離婚して、葡萄園も失って失意のどん底だった。 まだ、離婚の後始末も終わっておらず、てんわやんわの時期だった。 その時すでに、赤い糸が動きだしていた。 アルノは偶然にもリブルヌ駅のすぐ横にいたのある。 アルノーは軽い気持ちで、昔の友人に挨拶するつもりでリブルヌの駅にむかった。 しかし、逢った瞬間に、熱いものがこみあげているのが分かった。 でも、離婚したばかりで現実的には、それどころではなかった。 10分間ほど、お互いの現況などを話してその時はそのまま分かれた。 しかし、二人とも時間がたてばたつ程、深いところで眠っていた何かが熱くなっているのを感じていた。 アルノはイザベルのことが頭から離れなかった。 それはイザベルも同じだった。 そして、一年後、イザベルから連絡した。 『逢わない?』 『直ぐに逢おう!』 一瞬にして二人は、30年前の20歳と25歳の時に戻っていた。 今度はイザベルがプロポーズした。 『結婚しよう。』 お互いに別々の人生を30年間すごして、人生の裏表を知る大人同志の恋。 人生半世紀を生きて、新たな青春の風が二人を包み込んだ。 二人で何かを造りあげたかった。 アルノーの友人フランソワがボルドー・シューペリュールの畑を売りに出した。 イザベルとアルノーは二人でその畑を見に行った。 二人とも、その畑にたった瞬間、足もの土壌から熱いものが体中に湧き上がってくるのを感じた。 新たなCASSINIの誕生の瞬間だった。 今は、二人が再会したリブルヌ駅の近所に居を構え、アルノーの子供3人、イザベルの子供1人、計家族6人の大家族。 温かい幸せな日々を送る二人。 毎朝、アルノとイザベルはボルドースペリュールの畑へ2人で行き一緒に農作業をしている。 イザベル『私は北フランスの田舎の出身、自然の中でする仕事が大好きなの』 CASSINIのこの一杯のワインの中には愛の酵母が詰まっている。 LOVEが必要な方、暖かさ、温もりが必要な方CASSINIの一杯をどうぞ。 愛の酵母が動きだします。

3
Oct

ボジョレの番長 REMI DUFAITRE*レミ・デュフェイトル

DOMAINE DE BOTHELAND (Laurence et Rémi Dufaitre) ドメーヌ・ド・ボスラン (ローランス・エ・レミ・デュフェートル)  ボジョレに彗星の如くに現れて、途轍もない透明感のあるスカッとしたスタイルを実現してしまった天才肌の番長レミー。 普通、ワインは風貌に似てくる。しかし、レミーに関しては全く正反対といってよい。 こんな短時間にここまでのレベルまでたどり着くとは驚きだ。 ただ者ではない事は事実だ。 本人がこれだ!っと思った事、人、目的は徹底して張り付いて馴染んで吸収して、同化してしまう超能力を備えている。 14歳で両親が亡くなり、16歳から独りで生きてきた。 ガムシャラに働いて2000年に醸造家として独立した。 『お前にできる訳がないだろう』と周りからと馬鹿にされた。 事実、10年目にして行き詰っていた。 そんな時に、ジャン・フォワラールに巡り合った。ジャンのワインを飲んで驚いた。 『こんなワインが世に存在するのか?』 自然派ワインとの出逢いだった。 レミーに目標ができた。以後、毎日ジャンと会っている。ジャンに貼りついた。 自分が会いに行けない時には、ジャンの方からやって来てくれる。 ジャンに同化して、すべてを吸収しようとしている。 レミーの集中力は、もう天才といっていいだろう。 こんな風に、風貌とは、違う繊細で真っ直ぐなスタイルが出来上がった。 外観と違って、中身はどこまでも繊細で、ナイーヴで真っ直ぐな性格なのだ。 やっぱり、ワインは人だ!! 2016年 レミー・デュフェートル 気合一発!! 過去最良の葡萄を収穫!! 強面のレミーの気合が若手の収穫人に乗り移った。 天候でいじめられた2016年のボジョレの村名区画で、レミーほど完璧な葡萄と量を確保できたところは少ないだろう。 働き者のレミーは必要な時に必要な処置を精確に実行できたのだろう。 若干のベト病と乾燥の形跡はあったけどほぼ完璧な葡萄を収穫した。 レミーの満足そうな笑顔が印象的だった。 何回も何回も葡萄を食べて、試していた。 そう、果実味と酸、糖度のバランスが、レミーが狙っているポイントどうりの割合になっている。 収穫人も若い人ばかりで明るくて活気があってよい。 レミーも畑を廻って収穫人を笑わせて、元気付けている。 葡萄の選別作業のチェックはかなり厳しい。 収穫の重要な判断に関しては、絶対に許さない。 傷んだ葡萄を見かけ時は、厳しく指摘していた。緩急をつけての指導が上手い。 レミーのリーダーとしての素質もなかなかのものだった。 皆を惹きつける何かを持っている。一緒にいて楽しい。 醸造は外気の温度差の影響を受けにくいコンクリート漕を使用。蔵の中は整然としている。ブルイの古木はトロンコニック型の木樽を使用。 ジャン・フォワラールに学んだことはすべて実行している。 葡萄は除梗なしのグラップ・アンティエールで葡萄房丸ごと発酵槽に入れる。セミ・カルボ醸造。 勿論、醸造中のSO2添加はゼロ、自然酵母のみでのアルコール発酵。 本当に綺麗な葡萄ばかりが発酵槽に入っている。葡萄以外のものは一切混入しない。 ルモンタージは、できるだけ優しく必要な時にやる。マセラッションはお茶出しの如くに自然に。 2016年のボジョレ・ヌーヴォーを絞った。 パラディをテースティング。 な・なんと爽やかで真っ直ぐなスタイルなのだろう! 2015年のあの濃縮した葡萄でも、レミーは爽やかなヌーヴォーを醸すことに成功した。ボジョレであんなに爽やかな15年ヌーヴォーは無かった。 この16年は、凄い!!水のように体に沁み渡っていくだろう!! 奥さんのローランスが15年のヌーヴォーを開けてくれた。ウーン、美味しい、なんと云う透明感。 […]

2
Oct

ピノ・ノワールの名人が故郷ボジョレのテロワールとガメ品種に向き合う!!

Philippe Pacalet * フィリップ・パカレは50歳を迎えた。 マルセル・ラピエール・ファミリーと幼少時代を過ごしたフィリップは自分の源泉と向き合おうとしている。 数年前より、ムーラン・ナ・ヴァンのテロワールを醸してきた。 自分が予想してた以上のテロワール・ワインができた。 ボジョレ・テロワールの可能性を追究してみたくなった。 ボジョレの村名クリュの土壌のバリエーションを知れば知るほど面白くなって来た。 花崗岩だけではない。色んなテロワールが混在している。 それぞれのテロワールで育つガメ品種の特徴も全く違う。 ブルゴーニュ・テロワールを20年間も追求していたフィリップ・パカレ。 自分の故郷、ボジョレのテロワールを再発見した。 フィリップ・パカレの今後のボジョレ・ワインの展開が面白い。 勿論、ボジョレ・ヌーヴォーも含めて。 一歩、歩くごとに土壌が少しづつ変化していく。 砂状からややリモン、そして若干の粘土質、川から流れてきた丸石、石英石、そして勿論、花崗岩。多くのバリエーションがあって面白い。 できる葡萄も違ってくる。 フィリップ・パカレの研究心に火がついた。 ドンドン、ボジョレにのめり込んでいくフィリップ。 今日はボジョレ・ヌーボーの収穫だ。 2016年は、モルゴン、フルーリ、シルーブルなどの標高の高い山の斜面の区画畑が雹でやられた。 平らな区画では全く問題なかった。 ベト病が例年よりチョットだけ多かっただけだ。 葡萄の品質も熟度と酸のバランスが凄く良い。 6,7月の曇りがちの天候、8月中旬よりの35度を超す猛暑と両極端の天候の中 無事に乗り切った葡萄を9月20日に収穫。 2016年はフィリップが得意とする軽めのアルコール度数の葡萄となった。 昨年はアルコールが強いスタイルだった。ミネラル感が果実にオブラートされてしまう感じだった。今年のようなアルコールが軽めのスタイルの方が、ミネラル感を表現できて透明感のあるスカットしたヌーボーができる。 フィリップは云う 『ブルゴーニュ・グランクリュと同じ手間暇をかけたボジョレ・ヌーボーを造る』 今、仕込みが始まったヌーヴォー、今年はフィリップ・パカレ得意のスタイルとなるだろう。スカットした透明感のあるミネラル感に爽やかな果実味がのったスタイルになりそうだ。好ご期待!! Philippe PACALET コート・ド・ニュ地区の高品質のピノ・ノワール収穫 今年は北フランス、特にロワールとブルゴーニュは難しい年だった。 ブルゴーニュは一概には悪いとは言えない。 チャンスよく、必要な時にドンピシャリとやるべきことができた栽培家は被害を最小に抑えることができている。 栽培家がいつ何時でも畑に出れる状況でない限り不可能なこと。ほぼ運と云っても良い。 それほど、今年の天候は千変万化の急変化を呈していた。 冷害と雹には人には、どうにもならない出来事だった。 ベト病の被害の被害も大きかったけど、並外れた努力で運よく逃れた栽培家もある。 ヴォーヌ・ロマネなどコート・ド・ニュイのクリュは葡萄量が少ないけどかなりレベルの高い品質の葡萄が収穫できた。 9月初旬に必要だった雨が降って、天候が続いたのでポリフェノールの熟成を最大限に待って、9月26日に収穫を開始。 ギリギリまで待ったお蔭で茎の根本が 茶色に変色するまでギリギリ待った。 糖度は低めで、ポリフェノールがキッチリ熟したフィリップが狙っている 熟度の葡萄収穫に成功。 2016年産のパカレのピノ・ノワールのニュイのクリュは凄いことになるだろう。ただ、量が少ないのがやや残念。でも、天には文句は言えない。 ブルゴーニュ銘醸クリュが次々と発酵槽に入る!気合が入るフィリップ・パカレ。 ヴォーヌ・ロマネ、ルショト・シャンベルタン、次々と運び込まれてくるピノ・ノワールをチェックする。 一見静かに見えるこの蔵の中には何億もの酵母菌が躍動している。 360億年の天のエネルギーと46億年の地のエネルギーを内蔵にした葡萄を、何億もの自然酵母が動いている。 天と地のエネルギーを液体に転写していく。 我々を楽しませてくれる液体、ワインを造りあげてくれている。 まるで酵母菌達と会話をしているかの様に見えるフィリップ・パカレ。 […]

1
Oct

自然派ワイン発祥のMORGON モルゴン村の番人デコンブ、収穫開始

ボジョレ自然派醸造家の中で、いつも最も遅く収穫を始めるデコンブがほぼ他の自然派醸造家より10日遅れで収穫開始。 理由は三つある。 第1にデコンブは常に最大限に葡萄が熟すことでガメの旨味を引き出すことを狙っている。 第2に、デコンブ自身が確りしたワイン質が好きなこと。 第3に、デコンブの畑は殆ど300m~450mと標高が高いので 葡萄が熟すのが遅い。 2016年はデコンブにとって困難な年だった。6月、7月、8月と3回に渡って雹が降った。 ボジョレの中でも標高の高いところが集中してやられた。デコンブの畑は標高が高い。つまり3回とも雹の道筋に畑が出会ってしまった。しかし、残った畑の葡萄をウドンコ病から守るために、息子のケビンと夏休みも返上して戦った。 8月中旬からの好天候がすべてを救ってくれた。 8月の晴天続きが葡萄を乾燥させてくれた。ウドンコ病がミルミルうちに消えていった。 今度は30度から35度まで達する程の晴天が続き過ぎて8月の後半は光合成がストップするほど乾燥してきた。 極度の乾燥の為に葡萄自身が、自身が生存する為に水分を使うようになって、果実を熟成させる為に水分を回さなくなってしまった。 ところが、デコンブの葡萄木は60歳から100歳までの古木が多いので、根っ子が深く伸びていて水分を地中深くから吸収できる。ただ時間がかかる。 ゆっくりとゆっくりと葡萄が熟成していった。9月初旬に最高のタイミングで雨が降った。葡萄の乾燥ストレスは解消できた。でも、デコンブは収穫を開始しなかった。 周りの醸造家がドンドン収穫を初めても、ジッと動かず待った。 9月18日にやっと収穫を開始した。 デコンブにとって心から納得のいく理想の熟度に達して収穫をすることができた。 収穫した葡萄を検品しながら、あまり感情を表現に出さないデコンブの顔に、満足の笑顔が出ていた。 待った甲斐があった。自分が狙った通りの熟度と酸を備えたデコンブ・スタイルのワインができそうだ。 今年はスペインのフラメンコの世界、セルビアの グループを迎えての収穫となった。 リーダーの髭のガブリエルがフラメンコ歌手、 そして、フラメンコのダンサーも何人か来ていた。 きっと最後の収穫祭はフラメンコの一色のお祭りとなるだろう。 今年のデコンブ・ヌーヴォーのスタイルは? 収穫を遅らせた分だけ、果実味が濃縮していながらも、酸がキッチリ乗っていて、透明感のある、酒質+酸でメリハリのある、まさにデコンブ・スタイルのヌーヴォとなるだろう。 SOUVENIR DE Marcl et Nounoun 私とマルセルとヌヌーンと思い出 ジョルジュ・デコンブは、ボジョレでは“ヌヌーン”の愛称で愛されている。モルゴンの熊のような存在。 体も精神もドッシリしていて迫力がある。まさに、モルゴンの番人という感じ。 故マルセル・ラピエールがこよなく愛した人物でもある。 マルセル生存中、私は高速道路で南下する時は、Bellevilleベルビル出口で下りてモルゴンに寄った。 2008年の夏、マルセルと昼食を済ませて、デコンブに会いに行った。 デコンブ醸造所には、隠れ小屋のようなプライベートBARがある。 14時にBARに入ってデコンブを出たのが夜の11時。 ずっと3人で飲み続けた時があった。 マルセルは酔っぱらってくると、歌を歌い始める。デコンブは本当にマルセルの事が好きで、帰らせないように 次々ボトルを開ける。マルセルも私もベロベロ状態だった。 でも本当に楽しかった思い出。 デコンブにとってマルセルは師でもあってお父さんのような家族だった。 マルセルも同様に接していた。

9
Sep

Dominique DERAIN – VENDANGES 2016

Dominique DERAIN s’est termine ses vendanges hier. C’etais parcel Le Puis en Sait Aubin . L’Equipe de vendangeurs etais trois. Et 10% de recolte . Mais, LeCoeur Dominique etais enorme ,chaud. ドミニック ドゥランの2016年の収穫が昨日終了。 ル・プイの区画が最後だった。 内輪の人間だけ3名と少なかった、そして、収穫量も普通の年の10%しかなかった。 でも、ドゥランの心は大きく,熱かった。 2016 est 17eme vendanges pour Dominique. C’est la premier fois d’expeience de Gel de la fin Avril. Et beaucoup de […]