Winery

生産者:

やっぱり絶品!パカレ訪問!

やっと来ました、パカレ氏のカーブへ!! 自然派ワインが好きな人たちには欠かせない存在! その大きな体と優しい笑顔が印象的。 44歳の彼は、以前プリウレ・ロックやドメーヌ・サーブルなどでも醸造経験があり、 まさに誰もが尊敬する醸造家です。 ワインへの愛情が、出会った瞬間から伝わるようなミステリアスなオーラに包み込まれている人です。 ちょうど収穫も終わり、現在ワインを造っている真っ最中! パカレ氏も、2週間前は大忙しな時期だったけれども、今は少し落ち着いてホッとしていました。 醸造所に入った瞬間、醗酵中のブドウの匂いがしてきます。 とそこへ男性達が何かしています・・・ 何だろう?と近づいてみると、一部の発酵槽はピジャージュ、マセラッションも終了し、ヴァン・ドゥ・グット(フリーラン)を抜きとって残ったグラップ・アンティエール(除梗なしの房丸ごと)のブドウをプレス機に掛けている瞬間をキャッチ! 発酵大樽に入っているブドウをバケツいっぱいに移し、プレス機に流し込みます。 そしたら何と少し前までブドウだったのが、液体となって下から出てきます! これはまさに天然ブドウジュースです! 甘くて美味しいフルーツの香りがたっぷりです! そしてパカレのカーブへと進入。 人気絶好調だけあって、入り口には瓶詰めされたばかりのワインが大量に詰まれています。 そして何といっても熟成中の絶品ワインがずらり! パカレのワインは全てが繊細。 ミネラルも感じられ、なおかつ酸味もしっかりとあり、爽やかで味わい深いワインばっかりです。 …

ドメーヌ・セネシャリエール・マルク・ペノ復活

2008年産 収穫完了  人に歴史あり、そして会社、ドメーヌに歴史あり  2007年12月にドメーヌ閉鎖の状況となり、世界中のファンからの応援もあり、取り分け日本の野村ユニソン社の絶大なる支援をうけ、正式に復活のメドが立ち2008年産の収穫に何とかこぎ着けた。 閉鎖から復活までの9ヶ月間はペノ氏にとっては20年間くらいの年月に思えたにちがいない。2003年より2006年までシラク大統領の祝賀会に使用され、自然派ムスカデでは確固たる名声をあげていた矢先の出来事だった。純粋にワイン造りに賭ける情熱では恐らく右にでる者はいないだろ。 実のピュアーな人柄だ。彼の人柄を知った人は誰でも大ファンになってしまう。だから、多くの人達が救済に名乗り出た。しかし、現実に閉鎖された会社を再生させるには巨大なエネルギーと情熱と、リスクを伴った経済的援助が必要だった。 それを現実に成功させてくれた野村ユニソン社にはペノ氏を始め多くのペノファンが感謝している。 この数カ月、私も含めて多くの人達が動いた。それぞれがそれぞれの役割を完璧に演じてくれた。奇跡的にすべてが順調に進んだ。弁護士、管財人、野村社長、竹沢氏、裁判所、農地管理局そしてペノ氏、どこか一つでも狂えば2008年の収穫はあり得なかった。そして、ペノ氏が生涯で最も完璧な品質だったという2007年産が我々の口に入ることになったのだ。感謝!!感謝!!の一言だ。ペノ氏を影で支えて、応援してくれていたすべての人達に感謝したい。取り分けESPOAの加盟店の応援はペノ氏を心理的に勇気づけてくれたバックボーンとなった。皆の応援パワーがあったからこそすべてが奇跡的に動いたのだろう。 このムスカデの地で世界一の美味しい白ワインを造り上げる!!  ペノ氏は本気で言い切る。 『ここのテロワール・土壌は世界一美味しい白ワインが出来るんだ!』 ここのムスカデつまりムロン・デ・ブルゴーニュ品種は60歳を超す古木がある。 特殊土壌 砂状の地質に赤シスト、ブルーシスト、石英の小石が混ざっている。地表の15㎝下はミカシスト岩盤だ。その岩盤の中を根っこが突き破って入り込んでいる。何といういう生命力だ。ここのミネラルはそこに由来している。 地質学者のイロデー氏がこの地を見て驚いた。ミカシシスト岩盤はこの ムスカデ地区では実に希少だという。 醸造工夫・ニュイタージ ペノ氏自身がニュイタージと命名する醸造法がある。一晩の房ごとマセラションである。1998年から2003年の試行錯誤の末、完成させた方法だ。 いづれにしても、ブルゴーニュより北に位置していて、品種もムスカデ品種、この二つの条件だけしかできないタイプの世界一の白ワインがペノ氏の目指すところ。 コクや濃縮度はシャルドネだ、香りではソヴィニョン。 ここでは、まさに剃刀の刃の上を歩くような繊細さ、フィネスがペノ氏の白ワインだ。 …

文明から孤立する孤高の仙人、PAUL・LOUIS・EUGENE

ポール・ルイ・ウジェンヌ復活 『ポールに逢いたい。』 僕は運転席の伊藤さんに言った。思えば、伊藤さんと出逢った10年前に初めて飲ませてもらった自然派ワインがポールのアビリ(HABILIS)で、それが切っ掛けでこの世界に陶酔した。それもあり、どうしてもポールに逢いたかった。しかし、遠慮していたのも事実である。何故なら、ポールには個人的事情があったからだ。収穫の時期に合わせてミネルボアとコルビエールで蔵元巡りをしないかと誘われて取材することになり、ナルボンヌ駅で待ってくれていた伊藤さんの車に乗り込んで少し経った時のことである。 伊藤さんがポールと知り合ったのは、偶然の賜物。伊藤さんがミネルボア地域の蔵元巡業をしていた時、山手にあるシラン村へ行こうと車を走らせていたら、道に迷ってしまった。随分山奥まで入り込んでしまい、不安になりそろそろ引き返そうかと思った頃に突然眼前にぶどう畑が現れたのである。地図にも載っていない山奥にあるぶどう畑。引き寄せられるようにそのまま車を降りて、一つだけポツンと建っている小屋へ向かった。 その小屋の住人であり、ぶどう畑のオーナーであったのがポール。見知らぬ東洋人の突然の来訪に戸惑ったが、ワインのネゴシアンだと名乗ったその東洋人にワインを振舞ってくれた。その時の伊藤さんの驚きは言語に絶する。酒を口に含めば、当然酒の味がする。古今東西どんな酒でもそれは同じ。酒の種類によって違いはあれど、ワインも例外ではない。ところがポールのワインを口に含んだ伊藤さんが感じたのは、酒でありながらも同時に体液だった。つまり違和感がない。 伊藤さんは思わず取引を申し出た。ポールは一言だけ言って快諾した。 『俺のワインは、ここに辿り着いた者にしか売らない』 ポールはその山小屋に住んでいた。聞けば、自給自足の生活だという。確かに見渡すと、ぶどう畑の他に野菜畑、養鶏、養豚まで手がけていた。下界に下りて買い物するものといえば、塩と洗剤、歯磨き粉等、極限られたものだけだと言っていた。 興味深い逸話がある。伊藤さんが醸造元によくする質問を投げかけた。美味しいワインを造る三つの秘訣を教えて欲しいと。するとポールから返って来た答は意外なものだった。『必要なのは一つだけ。貧乏に耐えることさ。』秘訣は山ほどある。美味しいワインには美味しい理由が絶対にある。この質問をすれば、99%の蔵元は自慢げに長々と語るのが常なのに、ポールは違った。その貧乏に耐える」という短い言葉の中に、ポールが如何に命を懸けているかが窺えた。剪定では枝毎に一つしか芽を残さず、肥料、農薬は全く使用しない。つまり、冷害や病気によるリスクの回避は全く行わない。そればかりか、醸造したワインも自分が納得するレベルになるまで出荷しない。 つまり、気に入らなければ何年も出荷はされずに樽の中に眠ることになる。最低限に絞り込んだ生産量で最高の品質を求め、しかもその出荷はいつになるか例年決まっておらず、そして来た者にしか売らないわけだ。これではお金が回転するはずがない。伊藤さんはこの偶然の出会いをもたらしてくれた神に感謝した。 ところが21世紀を迎えて間もない頃、そんなポールに不幸の神が舞い下りました。詳しい理由は本人以外知らないのですが、大切な畑の所有権を失ってしまったのです。それはまるで羽を捥ぎ取られ奈落へと落ちる絶望の最中に、大鷲の鋭い嘴に喉の肉を啄ばまれるような試練でした。 ポールを復活させたダニエル

La Tour Boiséeでお腹いっぱい !!!

2008年のフランスの天候はカタストロフィック(壊滅的)、大雨や雹、収穫量も激減、さらに収穫時期になってもぶどうの糖度がなかなか上がらず、苦労している。 そんな中、コルビエールや、ラングドックでもカルカッソンヌよりの地区では、乾燥。7月、8月と雨がほとんど降らなかったそうだ。 そういうわけで、今年も、La Tour Boisée のヌーヴォー用ぶどうは、順調に収穫され、醸造も順調に進んでいる、プドゥーさんも満足気だ。 収穫前の樹齢60年のカリニャン ちょうど、この時期、代官山のパッションさん家族が、パッションさんの故郷であるカルカッソンヌにヴァカンスで滞在されているということで、一緒に写真撮影。この、1週間後には、パッションさんのお店のお客さん15名がボワゼにブドウの収穫にくるそうだ。 <レストラン パッション> 東京都猿楽町29−18、ヒルサイドテラスB1  TEL : 03−3476−5025 今年のヌーヴォー(新種)を一足先に試飲。 まだ、発酵が終わっておらず、残糖がある状態であったが、 今年のぶどうの熟度を感じる、果実味豊かな出来であった。 ここから、マロラクテティック発酵が終わり次第、清澄作業をしてビン詰めである。 今年のブドウ品種は、メルロー70%、シラー30%。 プドーさん、パッションさんは、この地方の名物料理、カッスーレの会のメンバー。 カッスーレといえば、フランス人でも、そのボリュームにびっくりするほどの料理。 毎年2月に、日本のパッションさんのお店でカッスーレの夕べが開催され、ボワゼのワインとともに、料理をみんなで堪能しているそうだ。しかし、今回の料理はカッスーレではなく、トリップ(内蔵の煮込み)。 ブーダンや、ソーセージ、パテ …

この男自然につき。オリビエ・クザン 編!!!

姓はクザン、名はオリヴィエ。年は、50代半ば。 ロワールは、アンジュ地方のMARTIGNE BRIAND村にて、ぶどう栽培、ワイン造り行っている。 この男、自然派というより野生派と言っても過言ではない凄い男なのである。しかし、野生派でありながら、温厚で寛大、全てを包みこむ優しさと思いやりを持つ。 この男について、いくつかエピソードを紹介しよう。 <おばあちゃんの魂> オリヴィエは、若い頃、自分の造った船で、気の向くままに放浪の旅を続けていた。そして、ぶどうの収穫の時だけ、小遣い稼ぎのために、おじいさんの畑の収穫、ワイン造りを手伝っていた。おじいさんは、昔ながらの農法で除草剤や、化学肥料など使わず、畑をしっかりと人の手で耕し、醸造も何も加えず自然な発酵でワインを造り、周辺の村にワインを販売していた。 ある年、その畑のぶどうで、初めてオリヴィエがおじいさんからワイン造りを任せられた年、おばあちゃんが倒れ、容態は、思わしくなかった。ぶどうの収穫中は、結婚や、人の死などは、昔から良くないことであった。 結婚すれば、お祝いで酒を飲み、気分が浮かれ、ちゃんとした収穫ができないし、人が死ねば、気分が沈み、ぶどうの収穫作業どころでは、なくなるからだ。 それを知っているおばあちゃんは、収穫の間、なんとか生きながらえ、最後の区画の収穫が終わった時に、息を引き取ったそうだ。 孫オリヴィエの初ワイン造りを成功させるために、執念で命の火を最後まで ともし続けたのだ。この、おばあちゃんの魂を背負ったオリヴィエは、この時、このおじいちゃんのぶどう畑を守り続けて行くことを誓った。 <おじいちゃんのワイン造り> おじいちゃんから譲り受けた畑は、村の教会の真横にある、歴史的にも、遠い昔からぶどうが植えられていた場所である。おじいちゃんの時代は、除草剤も、化学肥料もなく、人間が全て手作業で畑を耕し、ぶどうを育てていた。醸造も、自然酵母で発酵、酸化防止剤などはないので、健全なぶどうを収穫することが、ワイン造りにおいて、何より大切だった。その、ワイン造りをオリヴィエは、そのまま続けている。また、手作業での収穫には、大勢の人間が必要である。そこにひとつの社会ができるとオリヴィエは言う。 みんなで分担して作業することによって、社会の輪ができ、そしてみんなが少しずつ収入を得て生きていける。これを機械で行うと、これらの人間は、効率化の言葉のもとに不要な存在となってしまう。 みんなで仕事を分かち合うこと、生活を分かち合うことが重要なのだ。 <この母親にして.。。> オリヴィエ・クザンの生活は、エコである。 電気は、太陽電気。車は、菜種油で走るように改造、最後には、菜種油を使うのも資源の無駄と、車は廃車。今や、馬かヒッチハイクくらいしか、移動手段はない。(もちろん、必要あれば、電車、飛行機は乗る) 以前、彼に聞いた話だが、彼の母親が、コート・ダジュール地方の山奥に移り住んだ時のこと、電機会社の人間が電気の開通の営業に来たそうだが、母親はこれを断った。そして、数年が経ち、近くにもポツ、ポツと家が建ちはじめ、またも、電機会社の人間が、電機の開通を安くでやります。と持ちかけたが、またも断った。それから、また数年、周りには、いくつもの家が建ち、電気会社の人間は、無料で、電機開通をすると迫ったが、それでも、この母親は断った。 そして、2002年の大雨洪水の年、この地区の民家の電気はすべて停電。しかし、その中で、1軒だけ、こうこうと電気が付いている家が。。。そう、それが太陽電気のオリヴィエの母親の家だった。 …

フィリップパカレ、収穫スタート!

 8月のある日、パカレ氏の秘書から一通のメールが届きました。「2008年の収穫は9月20日頃にスタートの予定です」  そう!実は私、6月にボーヌのレストランでパカレ氏にお会いする機会があり、名刺交換をしていたのでした。 その時に「もし時間の都合がつくようであれば、ぜひ参加を」と声をかけて頂いていたのです。  ・・まさか、覚えていただいていたとは!  パカレさんの収穫に参加できるなんて、こんな機会もう二度とないかもしれない。。 ・・というわけで、行ってきました!  出発前に周囲から「収穫って気軽に言うけど、大変な作業だよ。身体をちゃんと鍛えとかないと、腰痛になって帰ってくるよ」と言われ、笑って聞き流していたのですが、実際に畑に出てみて、その大変さがよく分かりました。  仕事柄、ワイン畑にはよく行くのですが(ワイン関係旅行の取り扱いの仕事をしています。)畑仕事が目的ではなかったため、造り手さんの苦労は話で聞くのみでした。 実際の労働はどんなものか・・   朝の畑。。 暗くて周囲が見えません。 そして寒い、寒い、寒い!!! 冷え性の私は手が氷のように冷たくかじかんでしまいました。  早朝は眠いのでは、ちゃんと起きられるかな?と心配していましたが、眠気より何より寒気でした。 恐らく気温5度以下です。。  ←葡萄を摘む列を指示するパカレ氏 (暗すぎて見えにくいですが、左側に赤いベストを着たパカレ氏が写っています) 各々がきちんと熟した葡萄を摘んでいるか厳しくチェックしています。  こんな暗い時間から・・ものすごい集中力です。プロってこういうことなのですね。 7時半にもなると周囲が明るくなってきます。   壮大な自然の中 …

ミネルボアの自然派マゾヒスト!ジャン・バティスト・セナ – Jean Baptiste Sénat 

コルビエールにマキシム・マニョンが居れば、ミネルボアにはジャン・バティスト・セナあり! このセナの凄いのは、とにかく自分をとことん追い詰めるということ。マゾって、正しい表現ではないかもしれないけれど、でも見ればそう思ってしまう。学者が学問を何処までも追及するように、セナは只管ぶどう栽培の探求に明け暮れて来ました。そう、まるで学者。だってセナも奥さんも二人共、ワイン農家になる前はパリで学校の先生をしていたのです。しかしワインへの情熱が二人を突き動かし、気付いた時には教職を辞職しここミネルボアのぶどう畑にたっていました。 お祖父さんが所有していた畑を引き継いだのですが、平地の畑が多かった。平地の畑からできるぶどうの品質に不満を感じていたセナは、叙叙にそれらを売却しては山間の急な斜面ばかり買い漁るようになりました。それらは勿論ぶどう栽培には難しいといわれる場所であり、放っておいてもぶどうが完熟する恵まれた自然環境のミネルボアではまさにマゾ的存在に思われています。セナに直接理由を聞いてみました。彼から返って来た返事は、こんな自然環境の良い場所でぶどうを栽培してワインにすると喉に引っ掛かるほど力強いワインに仕上がってしまうからだそうです。 それがミネルボアの特徴だとも思うけれど、でも彼は飽くまでもBuvabilite(= 飲みやすさ)を限りなく追求するために、敢えて標高が高く、痩せた土壌の北側斜面ばかりを選んでいるのだそうです。つまり、養分が行き届きすぎないことが果汁過多の水ぶくれぶどうにせず、皮の厚い引き締まったぶどうに仕上げ、また北側斜面にすることで太陽による日焼け過多を防いでいるのです。 全体で15ヘクタールあるセナのぶどう畑。栽培している品種は、カリニャン、グルナッシュ、ムールベルド、サンソー、シラーがあります。 平均樹齢は50年。 その中でもセナが特に力説するのが、カリニャン。 「カリニャンはラングドックを代表するぶどう品種だと思う。元々はスペインから来たこの品種は、通常大量生産の安物ワイン用だと思われていることが多い。でも栽培で数を絞って丹精込めて育てればとても高品質なものが出来る。特にこの辺は乾燥しているわけだが、カリニャンは乾燥にとても強い品種でもある。まさにカリニャンこそこの地域では王様なんだ。」 さらに彼はぶどう畑を先導し、誇らしげにその出来映えを見せてくれた。 情熱的な太陽が降り注ぐミネルボアだからこそ、勿論剪定はゴブレ方式。 「栽培指導の先生たちは兎角太陽に浴びせろと説明するけれど、その加減は各地域の自然条件によって当然変化する。そんな簡単なことも学者さんたちは解らないんだ。」 そう言い切るセナは一房のぶどうを指差して、ぶどうの粒さえも房の中で適当な間隔を空けていることを自慢した。 もし房の中でぶどうの粒がびっしり詰まっていたら、接触した部分から病気になったり腐ったりする可能性があるらしい。 この粒と粒の間隔が適度に出来る理由も、偏に土壌がしっかりしている(痩せている)からだという。 収穫するセナのチームは、皆楽しそうだ。セナが一人のおじさんを指差して、彼はスペイン人でずっとセナを手伝ってくれていて、一日に3リットルのワインを飲むのだと紹介してくれた。おじさんはそう言われるとはにかんだ照れ笑いを浮べていた。 皆で笑っていたら、今度は浅黒い肌をした若者がトラクターに乗ってこちらへ近づいて来た。 セナが子供のような表情で運転を代わり、1971年製のトラクターなんだと言って微笑んだ。 二年前、斜面の畑を運行中に一度横転して死に掛けた逸話があるとか。 「こいつとは腐れ縁で、運命共同体なんだ。 」そう言うと少年の様な目で見ている伊藤さんも座席に乗せて記念撮影。 …

ドメーヌ・ド・モンジレ − Domaine de Montgilet

今日はAnjou − アンジュの町に在る、Domaine de Montgilet −ドメーヌ・ド・モンジレへやって来ました。 1880年から代々と受け継がれているこのドメーヌ。 今ではもう樹齢100歳となるヴィエイユ・ヴィーニュがたくさん! この体の大きな方が5代目のルブルトン氏。 『この畑は1984年から一切化学肥料を使っていないんだよ! 昔から馬で耕しているんだ。そのおかげで土はフカフカしているし、ブドウも最高な実が生るんだよ!』 とニコニコな笑顔で語る彼。 最初に訪れたのは大きな工場のようなカーブ。 ステンレスタンクやコンクリートタンクがビッシリと並んでいます。 更に大きな部屋・・・そこには熟成中のワインが詰まった樽がいっぱい!! また奥に進んでいくと、今度は瓶詰め室です!こんなにラベルの種類がたくさん!これを一本づつこのワインの瓶に貼っていくのですね・・・それにしても凄い量です! 醸造所の見学が終わった所で次は畑へレッツ・ゴー! 55Haにも広がるこの畑は、1/3はシュナン・ブラン、1/3はカベルネ、そして残りの1/3はグロロー、ガメー、ソヴィニョン、ピノ・ブランと分かれています。 モンジレの土壌はとても恵まれていて、シスト、粘土、泥土、粘板岩と色々な地質が混ざっています。 ← ソヴィニョンの甘いブドウです!この品種はフルーティーな甘さが特徴なんだそうです。 反対にシュナン・ブランはすっぱい品種だそうです・・・! …

La Lunotte – ラ・ルノット

今回お訪れたのは、La Lunotte -ラ・ルノットという Christophe Foucher – クリストフ・フシャさんのドメーヌです。 ここで少しフランス語の勉強を・・・ 『ラ・ルノット』とは、『La Lune – ラ・リューンヌ』という言葉から来ているのですが、これは『月』という意味です。 何故ドメーヌの名に『月』と入れたかと言うと、月はビオディナミ栽培にとって欠かせないもの。月の形やポジションによって栽培の色々な作業を行うからです。 彼の庭には様々な木が生えています。しかも全部昔から植えてあった天然フルーツそのもの! スモモの木、栗の木、そしてクルミまで生っています!こんな木通りを進んでいったら。。。 彼の畑が見えました!周りには本当に何も無いくらい自然に囲まれています。それにしても何ていい天気なんでしょう!やはりここの空気は気持ちいい!ここならば美味しくて甘い葡萄が実るはず! この方がクリストッフさん。 少しシャイな可愛らしい笑顔が印象的! 昔から農業やワイン醸造のテクニック、何かを造りだす事に興味を持っていた、好奇心モリモリな醸造家です。 奥さんのお父さんの畑を借り、やっと夢を実現できたと幸せたっぷりな表情で話す彼。その思いと情熱さが彼との会話で感じられます。 …

“ヤドカリ”女性醸造家 カトリーヌ・ベルナール

新聞リベラションの元ジャーナリストから自然派醸造家へ 初リリースの2005年から3回目の引っ越し 2005年は農協の一角を間借りして、06、07は友人醸造所に間借り、そして08の今年はピック・サン・ルーのドメーヌ・ド・ラ・サラダへ間借りしての醸造となる。数個の樹脂製タンクを抱えてどこでも移動できるヤドカリ醸造家だ。 今回の引越先、風光明媚で地場に力があるピック・サン・ルーだ。 彼女を知る元新聞社時代の人たちが語る 『彼女の性格は、楽天的、情熱家、行動派、常にハイテンションな女性だ。』 そんな彼女が騒雑とした記者の仕事とパリをあとにモンペリエに引っ越し、約3ヘクタールの畑を購入して醸造家としの生活に転身した。 既に地元や自然ワイン業界では話題の人だ! ロワール地方ムスカデ地区の出身だ。小さい頃から農業が好きだった。 記者の仕事としてモンペリエに来て、ラングドックのピック・サン・ルーの土地を知り、一目惚れ。小さい頃からの夢を実現すべくモンペリエに移住。決めたら即実行のカトリーヌ、約3ヘクタールの畑を購入、しかし醸造所まで購入する金銭的余裕はない。知り合いの醸造所の一角を間借りしながら4年目になる。40歳、2児の母、聡明で活発で魅力的な女性だ! そんなカトリーヌが造るワインは素晴らしく美味しい!! 新壮大な地球の変動期を感じさせてくれるピック・サン・ルー 日本なら神社ができているほど冷厳なパーワーを感じる岩山

オリヴィエ・クザン − Olivier Cousin

今日訪れたのはオリヴィエ・クザンの畑です! 『とりあえず馬車で迎えに行くよ!』とオリヴィエ。 そういう事で彼を待っていたら、現れました、インディアンが! そうなんです。醸造家の間ではその長い髪と長い髭が印象的で、インディアンというあだ名が付いているそうです!その証拠に、お誕生日にはインディアンのテント、ティピーをプレゼントされたらしいです! 少々雨が降り始めてきた中、10人乗りの馬車に乗り込む皆さん。近くに畑を持ち、オリヴィエととても仲が良い若手自然派醸造家、ブノワ・クロー氏、そしてオリヴィエの奥さん、クレールさんも合流!! そして山田さんが先頭、皆さんも馬車にゆったりと身を任したところでいざ畑へ出発! アンジュの可愛い町の中を探検です! 奥の馬がキキ君 そして手前の馬がジョーカー君 ここがオリヴィエの畑です。この場所は南を向いている為、太陽の恵をいっぱい受けています。なので熟成感たっぷりの美味しい葡萄が収穫できるのです。これが実がたっぷりのカベルネ・フランの葡萄です! 畑から見える景色は教会の塔。畑の裏にはこんなに可愛い教会が!

ブノワ・クロー  – Benoit Courault

9月7日、BMOの方々、そしてBMOと働いているお客さんを連れ、一泊二日のロワール旅が始まりました。 まずバスの中での説明会と自己紹介!やっぱり竹下さんは話が上手い!マイクを手渡すと昔のエピソードや色々な持ち話でバスを盛り上げてくれます!そしてサンドリーヌも昔はマイクを渡されるのが好きではなかったのに、今では醸造家の噂話や小話で楽しませてくれました! 早速畑に集合!ブノワは2年前に畑を購入したばかり。その前は化学物質でボロボロだった土壌も、今ではふかふかに大変身!やはりブノワの懸命な手入れと自然に対する思いが土に現れています。 これは牛糞とイラクサで出来たビオディナミの調合です。ブノワのこだわりで、牛も自然な植物を食べている自然派なのです。これが肥料となり葡萄の根を更に深く伸ばしてくれるのだそうです。でも全然匂いもしなくてビックリ! 左には甘くて美味しいカベルネです! そして右には樹齢100歳のりっぱなヴィエイユ・ヴィーニュ・シュナン・ブラン。 そしてこの動物達はブノワの宝物!馬のノルウェちゃんとやぎのリベリュルちゃん。『ノルウェ』とはブルターニュの強い風の名前。ブルターニュ出身の馬なのでこの名前に決めたのだそうです。そして『リベリュル』とはフランス語でトンボという意味です。 次に訪れたのはブノワのお家です!けれども畑のど真ん中にあったのは・・・キャンピングカー・・・まさか・・・?!そうです!ここがブノワのスイート・ホームなのです!奥さんと今年1月に生まれたアルフォンス君と、仲良く暮らしている場所なのです! この土地は風が強いので、今後の目標として家にエアモーター、そして太陽熱利用システムを付け加えるそうです。

デコンブ・ヌ−ヴォ− – Descombes Nouveau

モルゴン村 “熊” デコンブ・ヌ−ヴォー 熊のような体格、シンプルで優しい心の持ち主ジョルジュ モルゴン村にはあのマルセル・ラピエ−ルがいる。そしてマルセルの薫陶を受けたジョルジュがいる。ボジョレのモルゴンを語るとき絶対に外せない男である。多くを語らない男である。もくもくとやるべき仕事をこなしていく。日本のサムライ的な心を持ち備えた人物である。葡萄園にいると熊が歩いているようだ。大きなわりには動きが軽ろやかで驚いてしまう。決めたことは、何があっても実行してしまう。どんな壁があろうともズッシリと前に進んでいってしまう。彼はあえて、自分のワインを自然派などと口に出したこともない。当たり前のごとくに自然栽培、自然醸造を実行している。 どんなリスクを負っても決めたことを着実に実行してしまう 『俺はただ当たり前の事をしているだけだよ。地球を汚すような行為はしたくないし、人の体に悪いような造りをしたくないだけだ!ここではお爺さんの頃から変わっていないだけさ!』 AOCの組織から嫌がらせが毎年のごとくきている。AOC BEAUJOLAIS NOUVEAUを何度も落とされかけている。 3年前も出荷直前におとされた。しかも全く理屈にならない理由をつけてだ。彼は絶対に引き下がらなかった。直談判に行って役人達を説得してきた。そんな事を力まず普通に実行してしまう。 熊をしっかり支えている奥さん“ジスレン”の存在は大きい

ラフォ−レヌ−ヴォ−2008年 – Laforest Nouveau

ヴェレゾン(色付き)の金メダルはラフォ−レ・ヌ−ヴォの畑 なんて美しいんだろう!!感動!! ジャン・マ−ク・ラフォレのヌヴォ−用の畑はブイイの山の北側に位置するケンシエ村にある。 やはりブイィ山の近辺は特殊なミクロ・クロマが存在している。2008年のボジョレの畑状況は、何処も雹の被害にあったり、ベト病にやられている。しかし、ここだけは特別だ。 伊藤  『今の段階で葡萄の状態はどうだい?』 ラフォレ  『完璧だ!ベト病も少なく、色付きも順調だよ。一緒に畑に行こう!自分の目で確かめたらいい。』 ルノ−のトラックに乗って出発だ。 毎年、ヌ−ヴォ−用はラフォ−レ家の畑で最も早く熟すケンシエ村の畑を使っている。 ブイィの山とケンシエ村の間に位置している。ブイィの山がすぐ近くに感じる。 ラフォレ  『どうだい!素晴らしい葡萄の色だろう!』 ニッコリ笑顔のラフォレ。

ラパリュ・ヌ−ヴォ−2008年 – Lapalu Nouveau

ラパリュ・ヌ−ヴォ−2008年-青い空と広がる葡萄園 コ−ト・ド・ブイィの山の南側に位置する畑 昨夜はリヨンの街に泊まった。 今朝は雲もあるが青空が多い良い天気だ。朝8時にリヨンから高速道路A6に乗り北に30キロほど走ったヴィルフランシュ・シュ−ル・ソ−ヌの北出口で降りて県道43号線をBEAUJEU方面に10分ほど行ったところにラパリュがあるST-ETIENNE-LA-VARENNE村がある。ブイイの山の南側に位置している。ボジョレ・ヴィラ−ジ地区の畑ではこのブイイの丘の周辺が最も早く葡萄が熟すと云われている。 ジャンクロ−ド  『毎年ここの畑が最も早く熟す。今年もヴェレ−ゾン(色づき)が最も早く始まっている。』 伊藤  『本当だ。モルゴンの方はまだこんなに色づいていなかった。』 ジャンクロ−ド  『それでも、去年より1週間から10日ほどヴェレ−ゾンが遅れている。だから今年の醸造はあまり時間がない。色んな事を想定して醸造シュミレ−ションを模索している。』 伊藤  『どんなことを考えているんだい?』   ジャンクロ−ド  『今年は“ピエド・キュ−ヴ”をやろうと思っている。つまり収穫の3日前に少量の葡萄を収穫して自生酵母を活発化して準備しておくつもりだ。特に日本向けは飛行機便まで決まっているので遅れるわけにはいかない。かといって人口酵母を加えるつもりはない。あくまでも自生酵母のみで発酵をやるつもりだ。』 家族の夢と希望が詰った新築したばかりの醸造所

パカレ・ヌ-ヴォ−2008年夏の陣 – Pacalet Nouveau

8月中旬、アメリカから帰ってきたばかりのパカレとボジョレを訪問。2008年ヌ−ヴォ-の畑の状況確認と選別の為だ。毎年、モルゴン近辺のボジョレ・ヴィラ−ジ地区の畑で造っている。セルシエ村の畑が中心になっている。 朝、パリから7:30のTGVに乗って9:00時にはマコン駅に到着。1時間半でついてしまう。駅でレンタカ−を借りた。今日から3日間はボジョレに滞在して2008年ヌ−ヴォの途中状況を確認するためだ。初日は、フィリップ・パカレと一日をゆっくり過ごした。 今年のモルゴン、フル−リ近辺は雹の被害にあったところが多い。標高が高いところがやられていた。 そして、葡萄の色づきが遅れている。例年ならこの時期はほぼ黒い色の葡萄房が見られる頃なのにまだほんのり薄いピンク色と青い葡萄が殆どだ。収穫が遅れそうな感じだ。 伊藤  『8月の今の段階ではどうか?』 フィリップ  『まだ、今の段階では何ともいえない。ただヴェレ−ゾン(色づき)が遅れているのが現状だね』 伊藤  『7月は結構暑い日があったけど、8月に入って比較的に涼しい日が続いている、その影響はどうだろう?』 フィリップ  『まだこれからの天候の方が大切だ。それと、ピノ・ノワ−ルとガメ品種はそれほど太陽を必要としていないんだ。かえって、このくらい穏やかな太陽の方がガメらしいガメが出来上がるんだ。だから今年は期待できると思うよ。』 伊藤  『5月と8月に雹が降ったけどその影響は?』  フィリップ  『今年は選別の年だね。葡萄園の選別と収穫時の選果が大事な作業となる。これからの天候に期待だね。』

ブラブリエ−ル・ヌ−ヴォ−2008夏便り−Braveliéres Nouveau

ブラブリエ−ルの樹齢100年のガメ−畑、8月13日撮影  今年はテロワ−ルの年になる。 2008年は、葡萄の色づきが遅れている。2007年に比べても1週間は遅れている。ヴェレ−ゾンと呼ばれている色づき、(葡萄の皮が色づくこと)が始まってから45日間程で収穫が始まる。2008年は収穫が9月中旬から9月25日頃になると予想されている。 ヌ−ヴォ−は出荷日が既に決まっている為に遅れることが許されない。アルコ−ル発酵やマロ発酵が順調に速やかに進むことが大切な年になりそうだ! 特に自然派は補糖もしないし、人工酵母も添加しないので順調に進んでくれることを祈るばかりだ。 2008年は夏の太陽が現在のところ例年より少ない。つまりテロワ−ルが表現しやすい年になりそうだ。 太陽が強い年は、葡萄が良く熟して果実味が主体のワインとなり、テロワ−ルをマスクしてしまうことが多い。2003年、2005年がそうだった。今年は果実味よりテロワ−ルが勝るワインになりそうだ。醸造元の畑と腕の違いが明確になる年になりそうだ。  今年のブラブリエ−ル・ヌ−ヴォ−は樹齢100年の葡萄を使用

『ラパリュ・ヌーヴォー』 Lapalu Nouveau 今年も楽しみ!

「ジャン・クロード・ラパリュ」 ガメを知り尽くし、最高のボージョレを造る男だ。 彼のブドウ畑から最新情報が入った! さっそく現地情報をお伝えしよう。 今年も美味しいヌーヴォーを造ってくれそうだ! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 2008年度は、5月の天候は良く、開花は6月8日から10日。 その後の天候は、フランス全体と同じく不順で雨が多く、ベト病の被害がでている。 と言っても、他と比べると被害は微少で、ぶどうは健全な状態である。 やはり、これは自然栽培により、多様な植物をぶどう畑に共生しており、その植物が、水分を吸収し、 ぶどうを健全な状態にてしてくれることと、風通しの良い、ラパリュの畑の強みであろう。 畑にたたずむジャン・クロ−ド  畑を耕している様子 ブドウ樹の間に、けしの花が咲いている。 これらの草々が、余分な水分を吸収してくれる ジャン・クロード自身は、「今からの天候が全てを決める」という。 2007年の悪天候のなか、類まれなる高品質のヌーヴォーを造ったラパリュだけに今年も期待できる。 また、本年度からは、新しく造った醸造所にてのワイン造りとなり、設備も充実、作業スペースも ゆとりがあり、収穫したぶどうを、冷蔵庫にて冷やしてからマセラシオン・カルボニックを行うなどの、 一層の果実味、凝縮度を持ったワインを造ること間違いなし。 …