28
Août

2015年収穫開始 ・ JOLLY FERRIOL – ジョリー・フェリオル

15年は史上最高に美味しい微発泡酒、PET ‘NATができるだろう!! 毎年、フランスで最も早く収穫を開始するのが、ここジョリー・フェリオル醸造である。8月中旬に収穫を開始。世界中から取り合いの超人気ワイン、ジョリー・フェリオルの微発泡酒、PET ‘NAT用のムスカ品種を収穫。 キリっとした酸を残す為に、完熟の手前で収穫する。 今年はフランス中で大騒ぎの40度に達する高温だった。しかし、ここルシオン地方は毎年の猛暑で、ここの葡萄木達なもう慣れている。 2015年の猛暑はここでは、別に驚くことでもない。 昨年の方が1週間早く収穫を開始したほどである。 シスト土壌で育つムスカは、キリっと締まった酸を残してくれる。 シスト土壌独特の冷たいミネラル感がこの微発泡酒の人気の理由だ。 何て美味しいんだろう! 今年は、晴天日が多く乾燥度が強かったのと、タラモンターヌと呼ばれる風も強くて、更に乾燥度が激しかった。 お蔭で、病気の発生が皆無だった。腐った葡萄が一粒もない健全な葡萄を収穫完了した。しかも、強風のお蔭で酸まで濃縮して発泡酒のペット ‘ナットには最高の条件が備わっての収穫だった。 史上最高に美味しいスカットしたPET ‘NATになる! 二人の愛情と夢と喜びを泡に閉じ込めたPET ‘NAT ペット ‘ナット イザベルとジャンリュックは2005年に パリから移住してきた。イザベルの家族の故郷でもあった。 イザベルはダンスとヨガの先生をやっていた。 ジャンリュックは情報処理管理の会社を経営していた。 コンピューターのエンジニア出身。 好きな事を見つけるとトコトン突き進んでいく二人。完全な自然、完全手作りの 発泡ワインを造りあげた。 スペインの国境に近いルシオン地方にまるでマカロニ・ウエスタン西部劇に出てきそうな風景の街 Espira de l’Agly エスピラ・ド・ラグリ という村がある。そこに、数百年前にはナポレオン3世やイギリス王室に納めていたほど有名なドメーヌが、ほぼ廃墟化していた。好奇心旺盛な二人は、ここを再生させることに後半の人生を賭けることに決めた。畑、土壌を調査すると途轍もない可能性を秘めた銘醸の土壌であることを発見。シスト土壌と石灰土壌の境に位置して畑によってはその二つが入り混じっている特殊な土壌をそなえていた。 口にした誰もが »笑顔 »になるワイン 自分達のこの夢、喜びを表現できるワインを造りたかった。ドメーヌの横にシスト土壌に果実味の豊かなムスカ品種が植えられていた。誰もがホッとする果実味だった。これで発泡ワインを造って、その泡の中に自分達の夢とかこの喜びを閉じ込められたら・・想像しただけでもワクワクしてきた。勿論、栽培は最初からビオ栽培。醸造もジュル・ショヴェ、マルセル・ラピエール系の自然派醸造を継承。 ジャンリュックはこの地に来た時、ペルピニャンのワイン学校に通った。その時の同級生が、あのYOYOさん、ドメーヌ・ポッシブルのロイックなど自然派の醸造家の卵が多数いた。そして、ジャンフランソワ・ニックに出会、自然派の造りを学んだ。 栽培、醸造、ビン内二次発酵、デゴルジュマン、便詰めすべて手作りを実現。   ここまでの手作業、愛情を込めたワインは存在しない。貴重な一本!! 友人や近所の知り合いが集まって収穫、ほぼ毎年同じ人や醸造家に成りたい人達がやって来る。収穫した葡萄は傷つかないように底の浅い籠に入れて丁寧に醸造所に運ぶ。葡萄の温度が高いまま発酵槽に入れると雑菌が繁殖するので、一晩クーラー室に入れて冷やす。 翌日に、そのままプレス機にかけてジュースを絞る。 ビン内二次発酵の時、糖や酵母菌を入れない本当に自然なアンセストラルの発泡ワインを実現。 ジュースをタンクに入れてゆっくり発酵する。 ここからがジャンルックの計算が始まる。 まず最初のジュースの糖度を図り、毎日の発酵の進み具合、糖度をチェック。 残糖が18gになった時に、タンクからビン内に詰めてビン内二次発酵をして、その発酵で生じた泡を閉じ込める。この糖度の具合が超大切なのである。すべて手作業でやる。 すべての人が笑顔になるワインを丹精に造りげた! ビン内発酵、デゴルジュマン、注ぎ足し作業、キャップシール付け、すべてが 手作業という贅沢な造り、本当に、ここまでの手作りは存在しない。 まさに、採算など考えず、愛情、夢、喜びを、すべての泡に閉じ込めた一本。 今、世界中からこの貴重なワインの引き合いが殺到している。 幸いにも日本への出荷量が一番多い

19
Août

自然派ワインの真夏の祭典 (南ローヌ河右岸・アルデッシュ地方)  

8月3日、驚異的な猛暑が続く南フランスで、暑い,熱い自然派ワイン見本が行われた。 日蔭で39から40度という猛暑の中、フランスきってのチームワークの良い自然派醸造元が集中しているアルデッシュ地方で行われた。 今年で3回目となる。 真夏の祭典と云えばボジョレのモルゴン村で毎年7月14日に行われるラピエール家の自然派ワイン祭りがある。30年間も続いたこの夏祭りも今年はお休みだった。マルセル生存中に始められたこの祭りである。 世界中の自然派ファン、醸造元、販売者が集まる恒例行事だった。 今年は、ここアルデッシュ地方のこの祭典のみが行われた。ちょっと寂しい感がある。 モルゴンの祭典に毎年参加しているチェリー・プゼラとあった。 『今年はラピエール家の祭がなくて寂しいね!』 チェリーも同感だった。これも時の流れだろう。 アルデッシュと云えば二人の大御所自然派がいる。ジェラルド・マゼルとジル・アゾニーだ。この二人のお蔭でここアルデッシュには多くの若手自然派が誕生して育っていった。 今はこの二人を追い越す品質を備えた醸造家が多く存在するようになった。 彼らも始めたばかりの頃は、この二人に師事して自然派ワイン造りを学んだ。皆に尊敬されている二人である。 今では、ジェローム・ジュレやアンドレア・カレック、など繊細で、上品さを備えた中堅醸造家が育っている。世界中の自然派ワインファンを魅了している。若手の指導も積極的に継承している。 ジェローム・ジュレの人柄、誠実で、着実に一歩一歩進んでいく彼の人間としての生き様がワインの中に表現されている。透明感あるワイン、酸、上品さ、ワインに品格がある。 39度の猛暑の中、まるで我慢大会のような試飲会となった。   パラソルやヨットの帆を日除け代わりに木に縛り付けて日蔭を造ってしのいだ。 幸いにもこの日はミストラルの強風がなく飛ばされることもなかった。 でも、暑い、暑い、頭がクラクラしてくる。水をガボガボと時々飲みながら試飲しないと倒れそうになる。 今回、CLUB PASSION DU VINの新人メンバーとなったYURIが初参加した。 あまりの暑さに熱中症の一歩手前えまでの症状。倒れそうになって、休み休みのテースティングとなった。 試飲している最中に太陽の位置が変化して体に日差しがあたる。木陰を探しながら体を移動する。太陽の日差しと隠れんぼしながらの試飲だった。 そんな中、会場の受付をやってくれたのは、ジェローム・ジュレの娘さん達。 可愛い笑顔で迎えてくれた。 つい最近まで赤ちゃんだと思っていたら、もうこんなに大きくなっていた。 子供の成長は凄いものだ。真ん丸く大きく涼しげな8つの瞳に見つめられると暑さも和らぐ気がした。 ≪ここからは、新人スタッフのYURIのレポートになります≫ ≪チョット書き加えあり、伊藤≫ 8月3日、晴天の中開催された、アルデッシュ地方の試飲会に行ってきました! ↓ ご存じの方も多いかと思いますが、念のためアルデッシュの位置はこちらです ↓ アルデッシュ地方はローヌ川西側(右岸)に広がっており、北部と南部に分かれています。 北部はサン・ジョセフからローヌ川をはさんで右岸側、南部はコート・デュ・ヴィヴァレまで広がっています。 パリからは、試飲会会場近くのモンテリマーまでTGV新幹線で行き、レンタカーでローヌ川を越えてアルデッシュの会場、ジル・アゾニ醸造までGo! 伊藤社長の運転です。 会場の様子 飲会場に急ぐ 伊藤の背中 カメラを肩にかけての試飲開始。 試飲中の伊藤。 今、フランスで最も面白い自然派醸造家が多数誕生しているアルデッシュ。 今が旬のとてもアツい、たくさんの若手醸造家や熟練の域に達している世界から注目されている中堅の醸造家に会うことができました! 試飲キュヴェとともに、レポートさせていただきます。 ジェローム・ジュレ*JEROME JOURET 自然派ワインの中堅的存在。新人の醸造家の兄貴分としての存在感はさながら、とても親切で丁寧な人柄がワインに表れているようです。 暑い中ワインの温度が上がりがちな試飲会のなかでも、一番適温で出してくれ、細やかなところも 外さない、好印象でした!   在庫状況を聞くと、カバンから大きな一枚の在庫表を取り出した。 『これが私のコンピューターなんだ。』 ジェロームはパソコン、携帯電話は使わない。 すべてアナログで処理している。 ジェロームの人なりを理解できる。 […]

29
Déc

自然派ワイン見本市10 VINS COCHONS ディ・ヴァン・コション

12月6日にフランスのど真ん中の小さな町“CHATELDON”シャテルドンで大きな自然派ワイン見本市が開催された。シャテルドンとい云えば、微発泡ミネラル水で有名な町、いや町というより村と言った方がよい小粒の村。 どういう訳かそんな小さな村で、今の自然派ワインの主流の蔵元が殆ど集まる大きな見本市が開催された。もう10年も続いている。フラール・ルージュのジャン・フラソワ・ニック『10年前はほんの小さな見本市だったんだ。これがこんなに大きくなるなんて信じられない』と云っていた。 私は昨夜からオヴェルニュ地方に入った。昨夜はオヴェルニュの首都といえるクレルモン・フェランに泊まった。クレルモン・フェランと云えば、車のタイヤの生産会社のミッシェランの本社がある街である。また、日本でもお馴染みの軟水のミネラル水ヴォルヴィックのある街でもある。 昨夜はクレルモン・フェランの街で美しいクリスマス電飾を見た。街の教会広場にクリスマス用品を販売するクリスマス市場が設置されている。そこの電飾が他にはない大変豪華で綺麗な飾りだった。皆さんに写真を送ります。 明日はヴォルヴィックから40分ほどヴィッシ方面に行った村、シャテルドン村にて、12月恒例の自然派ワイン見本市が開催される。明朝は一番で見本市に入る為に今夜の内にヴォルヴィックのクレルモン・フェランに入った。こんなに美しい電飾を見れたのはラッキーだった。   10VINS COCHONS 見本市は朝の10時からだ。この種の見本市は朝の空いている時期に一挙に主だった蔵を周らないと進まない。午後からは身動きが取れない程混んでくる。ブースに近づくだけでも大変になる。 10:30に到着。まだ空いている。まだ到着してない醸造家も多い。この見本市は一般愛好家もクリスマス用のワインを購入にやって来る。 また、フランス中のワインビストロのも14産や瓶詰されたものを試飲購入する為に集まって来る。 パリからもヴェール・ヴォーレのシリル、コワンスト・ヴィーノのギオム、ガード・ローブのバッべトも来ていました。フランス中の主だったワイン屋、ビストロのいつものメンバーが揃っていました。   LE TEMPS DES CERISES ル・タン・ド・スリ-ズ LE TEMPS DE CERISESル・タン・ド・スリズのアクセル・プリッファを一番で訪問。超人気で中々ブースに近づけない。アクセルはもうラングドックの自然派では中心的存在になった。独立して11年が過ぎ。最近やっと自分の土壌が分かってきた。 アクセルは1998年にドイツから奥さんとキャンピングカーでやって来た。フラール・ルージュのジャン・フランソワ・ニックやラングロールのエリックについてワイン造りを修業した。2003年の独立して11年の歳月が流れた。経験が蓄積されてきた。 LA PEUR DU ROUGEラ・プール・ドゥ・ルージェという白ワイン。シャルドネ100%,やや濁酒の色合い、ビン内微発泡で心地よい泡があり。アブリコット系の果実味と酸が爽やかで心地よい。一仕事が終わった後にグイっとやりたいワインだ。 Les Lendemains qui chantent ル・ランドマン・キ・シャントという赤ワイン。多くの石英石を含んだ花崗岩質土壌のグルナッシュ100%を仕込んだ。450mという高い標高の北向き斜面。葡萄がゆっくり熟す。だからタンニンが上品。自生酵母でMC発酵、ピジャージなし PICATIER ピカティエ ピカティエのクリストフにとって、ここシャテルドンは地元のような感覚。一山超えればコート・ロアネーズになる。COTE ROANNAISE はオヴェルニュとボジョレの中間に位置している。 クリストフは独立する前は10年間もブルゴーニュでワイン造りの修業をしていた。ブルゴーニュのビオ・ディナミの先駆者ドミニック・ドゥランで農法を習得した。2007年に自分の出身地に近いロアネーズに葡萄園を手に入れてピカチエ醸造を設立。 マドレーヌ山の麓にあり、400mという標高の高さ、葡萄栽培の限界に近い。葡萄がゆっくり熟すのピカティエのワインの特徴を創り上げている。柔らかいタンニンと淡い果実味、そしてスカッとした酸が特徴のエレガントなタイプのバランスとなる。  ピカティエ醸造のcuvee 100%。 ガメ品種100%、気軽なワイン度100%,満足度100%の意。土壌は花崗岩が風化した砂状、リモンや粘土質が混ざっている。土の部分が深い。15~30歳のガメ。セミ・MC発酵、タンク熟成、SO2は添加ゼロ。スーと入る軽くてフレッシュ。 ピカティエ醸造のGamenits13ガメニッツ。45歳の古木、花崗岩の砂状。水捌けがよいからエレガントなワイン質、地下に花崗岩版あり、根っ子が岩盤に入り込んでいるからミネラル感が強い。自生酵母でセミMC発酵。 10日後にジュースだけを抜きとってCUVEE100%の発酵槽にいれた。その後MC状態で、何んと一か月間という長期のマセラッション、SO2無添加。熟成はシュール・リ・フィンでDEMI-MUIDS ドミ・ミュイの600Lの中樽使用。 1カ月間の長期マセラッションなのにエレガントなのはこの地の涼しいミクロ・クリマとクリストフがこの畑を知り尽くして、その葡萄に合う醸造上の対応をドンピシャリに合わせる事ができるようになったからだ。 1904年に植えた110歳のガメ品種。しかも10種類のガメ品種が混植されている畑。量が少ないので1タルを立てて発酵。除梗なしで6カ月のマセラッション。プレスもしないで流れ出たワインを直接に瓶詰。ロゼのように明るく旨味ものっていてエレガント。30本のマグナムのみ。   JULIEN ALTABER ジュリアン・アルタべール JULIEN ALTABER ジュリアン・アルタべールはブルゴーニュの数少ない期待の新人。ブルゴーニュのビオ・ディナミの盟主ドミニック・ドランの元で10年間も働いる。ビオ・ディナミ農法に関してはもう師匠のドミニックに劣らない実力者。 ジュリアン・アルタべールは醸造に関して、色んなアイデアを持っていた。2007年に自分のワインを造りたい旨を師匠のドミニック相談。ドミニックはまず自分の畑をジュリアンに提供して、SEXTANTの名前の名で独立。アットいう間に多くのファンを勝ち取っている。 […]

8
Nov

ブルゴーニュ自然派の中心、理論と感性で進化を続けるPHILIPPE PACALET

ブルゴーニュを代表する醸造家に 今や、フィリップ・パカレは醸造家としてブルゴーニュを代表する人物の一人となった。これは自然派、コンバンション(化学物質使用ワイン)を問わず、ブルゴーニュのワインとして名実ともにブルゴーニュの中心的存在になりつつある。自然派という範疇を超えたところで評価されている。 ブルゴーニュの内部でも醸造家同士の中でも 評価されているところに価値がある。   フィリップがジュル・ショヴェ博士と共同研究した成果 フィリップ・パカレはジュル・ショヴェ博士と自然酵母の共同研究をして自然なワイン造りにおける自生酵母の重要性を科学的検証をもって発表した人物である。フィリップは自然派ワイン造りをミステリー的にとらえることなく、あくまでも物理学、生物学的に説明できる唯一の醸造家でもある。 自生酵母の研究レポートの中でも最も強調しているのは次の点である。 畑に住む自生酵母は約30種類である。それぞれがアルコール発酵をバトンタッチの如くに引継ぎながら1度~13度程までのアルコールを生成する。特に大切なのは、発酵の初期に働く自生酵母群であるクロケラ酵母属のクロケラアプキュラタ酵母が最も優れた芳香性をもたらしてくれる。これらの酵母は低アルコール時のみ働ける酵母である。 フィリップの象徴的な果実風味はこの辺が大切なポイントなのだろう。   自生酵母とブルゴーニュ・テロワールの関連性を探究するフィリップ・パカレ 自生酵母の役割・発酵の5段階 フィリップはジュル・ショーヴェ博士との共同研究で学んだことを10年間のプリューレ・ロック醸造所の醸造長として実践してきた。 ブルゴーニュのテロワールの違いを、自生酵母群と関連づけながら実証してきた。更に独立してからの10年間、ブルゴーニュの各クリュの区画に生息する自生酵母と、各クリュの特徴的な風味への関連性をさらに深く探究してきた。 フィリップは醸造段階を下記の5段階に分けている。 それぞれの段階で働く自生酵母が違う。約30種類の自生酵母が、各発酵段階で働きアルコールを生成しながら、 テロワールの持つ独特な芳香をワインに醸しだしているのである。 自生酵母は、『テロワール』の表現においてカギとなる役目を果しているのである。 1.潜伏期 = アルコール醗酵開始のタンク入れ段階  (1mℓ中100万の自生酵母) 2. 加速期 = アルコール5%までのピジャージュ開始段階 3. 指数増加期 = アルコール4~6% 4. 減速・停滞時期 = アルコール6~9% 5. 末期・終了期 = 糖値ゼロまで、アルコール13% ニュイ・サン・ジョルジュとポマールの土壌に住む自生酵母の種類構成が当然違う。その畑のミクロ・クリマ、つまり太陽のあたり具合、風の強弱、降雨量、土壌構成(粘土質と石灰岩盤構成率など)の影響を受けて、そこの畑に住む自生酵母群の種類構成が違う。 その違いがポマールとニュイ・サン・ジョルジュの風味の違いとなる。5段階のそれぞれのスタードで働く自生酵母がカギだから自生酵母を弱体化させるSO2酸化防止剤を使用しない。 フィリップにとっては収穫・醸造は、一年に一度しかできない大切な 実験・検証の時期なのである。静かな醸造所の発酵槽の中では、何千億という天文学的数の自生酵母が、物凄い勢いで動いて発酵を続けている。それぞれの段階にある酵母菌が元気に働きやすいように見守っている。微生物たちとブルゴーニュ・テロワールの関連性探究に25年、どんな年でもあのパカレ独特のピノ風味を楽しませてくれる。パカレにブレはない。 土地代の高騰が表面化するブルゴーニュのアンニュイ ブルゴーニュ醸造家の悩み そんなフィリップ・パカレにも悩みがある。ブルゴーニュの土地代の高騰である。3年前に中国人がブルゴーニュの畑を法外な高値で買い取った。その影響で一挙に土地代が高騰した。土地代が上がれば、葡萄の価格も当然あがる。2012,2013年と天候不良による生産量の激少も手伝って、ここ3年の高騰は異常な上がり具合となっている。 畑を借りて栽培・収穫した葡萄を買い取るパカレにとっては大問題である。ボジョレ出身のパカレにとっては、ワインはあまり高くしたくない心情を持っている。価格をあまり上げたくないけど、土地代は上がり続けている。ここがフィリップの最大の悩みだ。 ワイン造りとは直接に関係ない方面からの問題が発生している。 他の地方にはないブルゴーニュ病ともいえる現象だ。ボルドー、シャンパーニュ地方の大手企業が金権経営するようなところでは同じような問題が存在する。しかし、ブルゴーニュのように小さな農家・醸造家が多いところでは生活に直接ひびく大問題になる。例え畑を所有していても土地代が高騰すれば、相続税が莫大になる。利益を確保していないと畑を売らないと相続税が払えなくなってしまう。真面目に美味しいワインを造ろうと努力している農家的醸造家ほど厳しい状況となってしまう。これがブルゴーニュ病なのである。 他の地方の土壌・葡萄でフィリップ・パカレが醸すワイン そこで、フィリップは数年前より、他の地方の葡萄でワイン造りも開始している。 ブルゴーニュから離れた地で、昔から興味を持っていた土壌の葡萄を自分のやり方でワインを造りたかった。Cotes de Provenceに昔からビオ栽培を指導している葡萄園がある。 13年よりその葡萄でワイン造りを開始した。ブルゴーニュから離れた土壌で土地代の問題とは離れたところで、しかも興味深い土壌で、今まで蓄積した醸造理論でワイン造りをしてみたかった。ブルゴーニュをより理解する為にも必要だと考えた。   フィリップ・パカレ・ボジョレ・ヌーヴォ2014 ピノ・ノワールのように醸すパカレ・ヌーヴォ 2014年はフィリップにとっては理想に近い天候だった。  5、6、7月は天気が良すぎた。ピノもガメも北の品種である。あまり天気が良すぎても“らしさ”が消えてしまう。8月の曇り空、冷夏がフィリップにとっては最高の条件だった。何故なら、8月が暑いとポリフェノールが熟しすぎてガメイ“らしさ”の繊細な果実味が消えて強くなりすぎる。今年の冷夏はフィリップにとっては救いの神だった。 春から初夏の晴天続きで葡萄が早熟ぎみだった。8月の冷夏、淡い太陽でゆっくりポリフェノールが熟した。良質な タンニンが得られたのである。 バランス感覚の素晴らしいヌーヴォーのスタイル 2014年が瓶詰された。 今年はアルコール発酵が順調で例年より早めのスピードで進んだ。自生酵母が元気だった。キューヴェゾン(カモシ)期間は10日間だった。 冷夏だったわりには色が混い目に抽出された。美しいルビー色。軽めのアルコール度。 酸の爽やかさが中心となって、その周りをガメのマセラッション・カルボ醸造独特の果実味でオブラートされている。単に軽めのワインではなく、花崗岩のミネラルが芯を支えている。 『今年の自生酵母達が一所懸命に働いてくれました。酸のフレッシュさが特徴、  本当に心地よいバランスに仕上がりました。楽しんでください。』パカレ

25
Oct

元祖自然派ラピエール家2014歓喜の収穫が完了

完璧な葡萄のみを発酵槽に!大成功! VIN NATURE ヴァン・ナチュル自然ワインの宗家といってもよいラピエール家の収穫が無事に終えた。9月4日に始めて9月25日に終えた。収穫人67人で22日間かかった。 67人を5グループに分けて別々の区画を収穫した。ベテラン組、超プロ集団組、ノーマル組3組,計5チームに分けた。 超プロ集団は10人で30人分のスピードで進んでいく。ベテラン組は選別作業が必要で難しい区画を担当した。 残りは例年の如くのノーマルな4つのグループとなった。これはマチュのアイデアだった。 これには理由がある。 マチュの秘策で災難を無事クリアー  今年は雹が3度、モルゴン村を襲った。ラピエール家の葡萄も逃れことはできなかった。その後にSUZUKIと呼ばれている虫も発生した。この虫は葡萄の皮に穴をあけて、そこから腐敗が始まっていく。 収穫直前の8月後半に入っ  て、マチュは葡萄園を観察しながらこの被害に気付いた。区画によっては、あまり待てない状況だった。 やや早めの9月4日に収穫を開始した。モルゴンの畑から始めた。腐敗から守る為だ。超プロ集団とベテラン組のスピードが必要だった。これが成功した。 幸いにも、14年は葡萄房の数は多めの方だった。選別作業(いい葡萄と悪い葡萄を区別したり、一つの葡萄房でも悪い分部だけを切り落とす作業)をかなり厳しくやっても、ある程度の収穫量を確保できた。問題は収穫に時間がかかることだった。22日間という時間がかかったけど結果的に本当に健全な葡萄だけを選んで発酵槽に入れることができた。災難を完璧にクリアーできた。   2014年のラピエール家の事実上の醸造長は長女のカミーユだ! 総監督にマチュ、収穫管理長にマリー マルセルが世を去って4年が過ぎた。自然派ワイン宗家として家族一丸となって前に進んでいる。長男のマチュが醸造責任者になってからの方が繊細さや上品さなどは一段とレベルアップしたと世界のファンよりの評価を得ている。 そのマチュも今年は醸造だけに打ち込む時間が取れなかった。  67人の収穫人の移動と時間プログラムの組み立てと管理も同時に担当しなければならなかった。 毎日、収穫が終わった夕刻に醸造元内にあるテーブルでは、その日の進み具合と次の日のプログラムの組み立ての作戦会議をやった。一年間の仕事の総決算の収穫を無事終わらせる為にファミリー、ベテランが一つになって事に当たっている。 今年の大きな変化と戦力となったのが長女カミーユの成長だ。 カミーユはソムリエの資格もとってロンドンやフランス国内のレストランで修業した。その後2年間ブルゴーニュのワイン学校で勉強。ワイン造りはマルセル生存中から一緒に経験してきた。 マルセル亡き後、マチュと二人で醸造を経験してきた。マチュも カミーユのテースティング能力と醸造センスには正直驚いていた。 マチュも今年のような特殊事情の機会にカミーユにやらせようと 決断。カミーユも責任をもってやってみたかった。 勿論、後ろにマチュの監督・援助があるのは当たり前だ。 そして、次女のアンヌがいる。根っからの明るい天然娘である。 そこに居るだけで周りが明るくなる雰囲気を持った女性だ。 時には収穫を、時には醸造を手伝って周りを盛り上げた。   マルセルが愛したコート・ド・ピィの丘を背に収穫するラピエール軍団 収穫は朝7時に始まって10時に休憩が入る。 醸造所に近い時は、醸造チームもやって来て一緒にカスクルット(間食)を食べる。 結構、朝から働いていると、お腹が空くので 皆チーズにパンにワイン。デザートにチョコレートそしてコーヒーもある。 全体を観ながら、収穫プログラムを組み立てているマチュも進み具合をチェックにやって来る。それによってプログラム修正を を考える。思うように収穫ピードが進んでいないようだ。 マチュは、恐らくあまり寝てないのだろ。2週間目ぐらいで顔が少しむくんできたような気がする。 中腰で葡萄を切って、立ち上がって移動する。スクワット運動で足腰がグロッキーになる。   ラピエール家の収穫は常にプラス・エネルギーと笑顔、そして厳格さ! 厳格な選別作業、葡萄の悪い分部を切り落とすことを徹底している。 葡萄房をとってから 悪い部分(傷んでいたり、腐りかけている部分)を切り落とす作業。 だから時間がかかる。 偶然に、繊細で美味しいワインはできない。 ここまで徹底して実行している例を、私は見たことがない。 何百社という醸造所の収穫を見てきたけど、ここまでの厳格さは存在しない。多分、世界一だと思う。さすがラピエール家だ。 葡萄園に設置された運搬用のケースに運び込まれてくる収穫葡萄を更に、ここでもベテランが監視の目を光らせて厳しく 選別している。 この選別作業は、マルセル生存時より厳しくなっている。ホントにワインが繊細に美味しくなっていると評価、その理由の一つはこの選別作業にある。   収穫・醸造・写真 […]

22
Oct

PUR NOUVEAU 天才肌のシリルと重戦車フロリアンの合体・ピュアー・ヌーヴォー

PUR NOUVEAU 天才肌のシリルと重戦車フロリアンの合体!ピュアー・ヌーヴォー   シリルの泉の如く溢れ出るアイデア、それを着実に実践・実行に組み立てていくフロリアン。最強の二人が合体した。 シリルが目指すのは、自然派ワインの祖、ジュル・ショーヴェ博士が実践してきたことを再現すること。 ジュル・ショーヴェ氏の実家はボジョレーのシャペル・ド・ゲーシャ村でワイン商を営んでいた。科学者としての研究の仕事と実家のワイン商としてのワイン造りも実践していた。 フランスの英雄大統領シャルル・ド・ゴールが自宅で飲むワインはジュル・ショーヴェ氏の造ったワインだった。 シリルのお父さんはジュル・ショーヴェ氏の隣村でレストランを営んでいた。マルセル・ラピエールを中心に自然派醸造家が集まる溜まり屋的な存在の店だった。 シリルは小さい頃から自然派の人達に触れていた。ある時、大人達の会話の中でジュル・ショーヴェ先生の話を聞いた。化学剤を使わず昔ながらの本物ワインを安全に造る方法を研究・開発して実践している話だった。   マルセル・ラピエールやジャンフォワヤールなどの醸造家たち皆がジュル・ショーヴェを師と仰いで尊敬していた。 シリルはジュル・ショーヴェのようになりたかった。 つまり、栽培家から葡萄を買って独自の方法で醸造していたワイン商としてのジュル・ショーヴェ氏の仕事に興味をもっていた。 PURの会社を設立する時、住所をジュル・ショーヴェ氏がいたシャペル・ド・ゲーシャ村にした程である。 限りなくピュアーにワインを造りたかった。だから、社名をPURピュアーとした。   屈強なポーランド人ファミリーによるPUR NOUVEAU収穫     二つのスタイルのヌーヴォー PURピュールでは今年14年は白ラベルと黒ラベルの二つのボジョレー・ヌーヴォーを醸すことにした。 シリルがここ数年蓄積してきた経験とガメイ品種の二つの側面をこのヌーヴォーで表現したかった。 普通の醸造家はヌーヴォーに関しては一種類しか造らない。ここがシリルの普通ではないところである。   1) 軽快で繊細な果実味・エレガントなヌーヴォー 一つ目はザ・ヌーヴォーのスタイル。つまり軽快で水のようにグイグイ飲めてしまうヌーヴォー。 爽やかで軽快と云ってもシッカリ果実味が乗ったスタイルにすること。単に薄いワインではないことが重要だ。 その為に、普通より収穫を遅らせて、より熟した葡萄を収穫したのである。単なる薄目の軽いワインにしたくなかったのである。 つまり、葡萄のポリフェノールをより熟させて収穫したのである。エレガントな薄めのタッチでも果実味をシッカリ表現したかったのである。   薄さと濃さの臨界点を知るシリルの芸術的センス 普通、葡萄が熟せば濃いワインになってしまう。 しかし、シリルの芸術的醸造センスの手法では濃くならない。 心地よい繊細な果実味だけをワインに表現できる。 収穫した葡萄を除梗なしで丸ごと発酵槽に入れて、一切  触らない。セミ・マセラッション・カルボ(MC)発酵でも普通と違うところは、ピジャージュを一切しないこと。   ピジャージュによる必要以上のタンニンや色素が抽出されることを避ける為だ。 大切なことはマセラッション(カモシ)の期間である。今までのシリルの経験が生きる。醸造家としての腕の見せ所。 シリルはこの時期は発酵槽に張りついて、テイスティングを一日に何回も繰り返す。このカモシをやめるタイミングが数時間遅れるだけでも、一挙にワインが濃縮してしまうポイントがある。そのピンポイントを見極めるテイスティング能力とセンスが天才的と云える。 ピジャージュを一切しないので、結果的にカモシ期間は普通よりもやや長くなる。今年は8日間だった。それでも、色は淡く、繊細な果実味が乗ったエレガントなスタイルになる。 決して濃厚なスタイルにはならない。その臨界点を知るシリルのセンスが光る。抜群に美味しいヌーヴォーだ。 2) 濃縮感があってミネラル感もある筋肉質なヌーヴォー 二つ目は黒ラベルの男性的なスタイル。ボジョレ土壌の花崗岩のミネラル感がキッチリのっているスタイル。花崗岩独特のスパイシーさがある。男性的と云っても決して粗々さがないフィネス・上品さを残したワインがシリルとフロリアンの狙いだ。 ここで特筆すべきは、除梗したことである。 セミ・マセラッション・カルボ醸造からくる果実味が強調し過ぎることを避ける為だ。 花崗岩質土壌で育ったガメイ品種の深いところで眠っているミネラル感をより表現したかった。 除梗してもフラージ(潰す作業)をしてない。一粒一粒の葡萄の実がそのまま入っている。まるでキャビアのようだった。空気とは触れない密閉状態のまま発酵、当初は,一粒一粒の実の内部でMC発酵と同じことが行われている。 つまり、皮の色素やタンニンなどが果肉の方に移動している。 これで控えめで過ぎることがない果実味を得られることになる。 そして、アロザージを3回ほど実施した。タンクの下部から抜き取ったジュースをタンクの上から、まるで花に水を撒くように優しく、どこまでも優しく撒くことである。 […]

21
Oct

BEAUJOLAIS の若きスター・活力溢れるDAMIEN COQUELET ダミアン・コクレ

2014は27歳ダミアン・コクレの完全独立の年 今、ダミアン・コクレのワインは世界中から引っ張りだこである。 特に、アメリカでは大人気である。 ダミアンは、モルゴン村の自然派の重鎮デコンブの長男である。 お父さんについて子供の頃から葡萄園に行って遊んでいた。 葡萄園が遊び場であった。 葡萄には子供の頃から親しんでいる。葡萄が友達のような感じである。 ワイン学校に行って、ブルゴーニュ自然派の名醸造家フレデリック・コサールのところで修業を積んだ。 フレデリックとは今でも、時々行き来して公私ともに醸造・人生の先生でもある。 そして、もう一人、ローヌ地方のBEAUMES DE VENISEのFERME ST-MARTINギー・ジュリアンのところでも修業した。 ダミアンにはお父さんのデコンブとフレデリック、そしてギー・ジュリアンの3人の先生がいる。どれも自然派の一流の醸造家である。 今、ダミアンは27歳、2007年が初リリースである。 今までは、お父さんの蔵の片隅で醸造していた。 今年から 独自の醸造所を借り自前の醸造蔵を設立した。完全独立を果たした。 2014年が本当の意味でコクレ醸造の出発となる。   (尊敬するお父さんのジョルジュと) モルゴン村の重鎮達より愛されているダミアン 子供の頃より醸造家になる事を決めていたダミアン。 16歳頃には自らすすんでお父さんの農作業を手伝っていた。そんな一生懸命な若きダミアンを見て村の重鎮たちはダミアンのことを親戚の子供のように可愛がった。 2007年にシルーブルの小さな畑を譲ってもらって造ったのが初リリ-スとなった。2009年には何とモルゴン村の誰もが欲しがっているコート・ド・ピィ(旧火山だった丘)の最高の区画、ジャン・フォワヤールとマルセル・ラピエールの隣の畑を4ヘ  クタールも任された。これでダミアンは独立を決意した。   ダミアン・コクレ2014年収穫   幾多に危機を乗り越えて最良の葡萄を収穫 2014年はダミアンにとっては色んなことがあった。 5月から6月までは完璧な気候だった。このままいけばボジョレーで 世紀の年と云われた2003年の再来か、と思われた。 しかし7月に入ると水不足状態になってきたところに、なんと36度という猛暑が3日間も続いた。 特にモルゴン村の猛暑が厳しかった。ガメイ品種はフランスの北の品種である。36度という熱に耐えられる品種ではない。 葡萄の皮が焼けてしまった。しかし、幸いにも乾燥していた為に 焼けた分部から腐敗することが全くなかった。乾し葡萄のように乾燥していった。 そして、モルゴン村には2度の雹が降った。特に標高が高い区画に降った。ダミアンも僅かにやられたが被害は最小限に抑えられた。 8月の冷夏では葡萄の熟成スピードが驚嘆的に遅くなった。 特に標高が高いところにあるダミアンの畑は、熟成が遅かった。 収穫時期の決定には、特に迷った。モルゴンでは例年最も収穫開始が遅いのはお父さんのデコンブと通例になっている。 今年はお父さんより2日遅い18日よりのスタートとなった。もう周りの蔵は殆ど収穫を終えていた。待ったお蔭で葡萄が良く熟して完璧な状態で収穫できた。       ダミアン・コクレ・ヌーヴォーは最高のバランスに!! 最初に収穫したのは勿論ヌーヴォー用の葡萄である。 待ったお蔭で果実味豊かで酸も残った。 自然派ヌーヴォーらしい透明感のあるスーと入る飲み心地になるだろう。   収穫・葡萄園写真    

18
Oct

ジャンクロード・ラパリュ最高の天候のなか最高の葡萄を収穫!

  これ以上の品質の収穫は存在しない!! 毎年、最も早く収穫を開始するジャンクロード。 今年も自然派仲間の中では最も早く収穫を始めて最も早く収穫を終えた。ボジョレーは9月の13日より2日間だけやや天候が崩れた。しかしジャンクロード・ラパリュだけは快晴天気のうちにすべての収穫を終えた。 しかも朝は12度前後と涼しく、早朝に収穫した葡萄は冷やさずにそのまま直接に発酵槽に入れることができた。これは大きなメリットになる。 午後は真夏日のように28度前後まであがって実に気持ち良く収穫できた。 7月中旬の猛暑と雹、7月後半から8月の冷夏と曇り空、葡萄の成長が一挙に遅れていて、どうなるか?と心配していたが、8月の後半より記録的な晴天が続き葡萄が理想的な状態で熟した。  『この葡萄で最高のボジョレーを造らずにはいられない!ウィOui !!ヌーヴォも期待してね!』 ジャンクロード・ラパリュ     ボジョレーテロワール探究家!  独自の世界を走るジャンクロード・ラパュ   一歩も二歩も先に出ている飛びぬけた探究心 こんなにガメイの可能性をあらゆる方面から追求している醸造家はいない。 ジャンクロード・ラパリュは今、ヨーロッパ中のワイン愛好家、プロフェッショナルが最も注目している醸造家の一人である。 ジャンクロードは語る、 『1995年からワインを造りだして、今年で19年目になる。ここ数年でやっと大切なことが分かりかけてきた気がする。ワイン造りは年に一回しかできないからまだ、たったの19回しかやっていない。毎年、葡萄が違うし、自生酵母の状態もちがう。最近、発酵中の“匂い”でワインの状態がつかめるようになった。液体が 何を必要としているか、何をしなければいけないか、判るようになった。』    独自で研究をしながら辿り着いた独自の自然醸造 1995年、ワインを造りだした頃は自然な造りではなかった。自分の顧客もいないし ゼロからの試行錯誤の出発だった。最初は造ったワインをネゴシアン(ワイン商) に売っていた。モルゴン村には自然派の偉大なるマルセル・ラピエールがいた。 でも、控えめでシャイな性格のジャンクロードは、長い間、直接に門を叩くことなく独自で自然なワイン造りを研究しながら造っていた。 これが逆にジャンクロードの独自の発想を育てていった切っ掛けになったのである。 歴史にもし?は存在しないけど、ジャンクロードがもし彼らの教えを受けていたら 今のジャンクロードはないだろう。勿論、数年後には自然派が拡大した頃に自然派グループに参加する事になり、マルセル・ラピエールにも薫陶をうけて、色んなことを学んだ。そして誰よりもマルセルを尊敬している。そんなラパリュの最近の造りは、今まで存在しなかった全く違うボジョレーの世界を我々に提供してくれている。素晴らしいボジョレーのテロワールの可能性を楽しめる。今ではジャンクロードの独自性に世界中が注目していると云っても過言ではない。   ジャンクロードの独自性は優れた試飲能力と仮定発想からくる   類稀な試飲能力 ジャンクロードの試飲能力には定評がある。あのロマネ・コンティ醸造のプリムール内輪での試飲時にも招待されて意見を聞くメンバーにも入っている。 自分が畑仕事でやった事、醸造時にやった事を確実に試飲レベルで確認できる能力を備えている。何か特別な香り、味覚を発見した時、畑作業レベルや醸造作業まで遡って確認できている。 子供のような素直な発想 ガメイ品種を遅摘み(ヴァンダンジュ・タルディヴ)で収穫して発酵したらどうなるだろう?ガメイ品種を最高に濃縮感ある造りをしたらどうなるだろう? ガメイをまるで水のような透明感のある超ピュアーにするには?どこまで可能なのだろう。ガメイを土カメの中で醸造・熟成したら、どんなワインになるのだろう? こんなワインをすべてガメイ品種で造ってしまっているのがジャンクロードなのだ。   1-アルマ・マテール ALMA MATER  ガメイ品種をカメの中でマセラッション・カルボニック醸造させたワイン。   2―タンタシオンTANTATION ガメイ品種をどこまでピュアーに造れるのだろう? 繊細に、上品にどこまで可能なのか?への挑戦。   3-ラン・デュ・メルル 他のキュヴェのガメイを収穫終了後、数週間 超完熟状態まで待って収穫して仕込んだワイン。濃縮感タップリのガメイ。時にはvin doux naturelのような風味。   […]

8
Oct

DESCOMBES NOUVEAU デコンブ・ヌーヴォー、パワフルに収穫

モルゴン村の熊、ヌヌーンがパワフルに収穫を終えた! 今、ボジョレで最も勢いのあるファミリーは?と問えば? デコンブ・ファミリーである。 長男のダミアンは今年から完璧に独立。次男ケビンも今年から独自のワインを造りだした。二人の息子がモルゴン村を中心に畑を借り集めている。飛ぶ鳥を落とす勢いのデコンブファミリーである。 勿論、中心はゴットファーッザー的存在のお父さんジョルジュである。ダミアンもケビンもお父さんを尊敬レスペクトしている。 今でも、畑仕事は必要な時はお互いに協力し合ってやっている。この辺がデコンブ醸造の力強いところである。 今年は大変な年だった。7月の36度という猛暑で葡萄が焼けてしまった。モルゴン村には強烈な雹が降った。傷んだ葡萄がある中 8月の冷夏、雨と曇り空と湿気で葡萄が腐りかけそうだった。デコンブ家の3人は8月のバカンスを返上して葡萄園に張り付いて畑仕事に徹していた。 標高の高いところに葡萄園があるデコンブ デコンブの収穫はいつも他の自然派蔵より遅い。標高の高いことも遅熟になる。パワフルさを狙うデコンブは完熟を待つ。今年は皆よりほぼ一週間遅く始めた。真夏の畑仕事、収穫を待ったお蔭で本当に良く熟した葡萄を収穫できた。 標高が高いのでいつも酸が残る。 パワフルさとピシっとしまった酸が共存するデコンブならではのスタイルのワインだ! デコンブ・ヌーヴォは絶対に見逃せない!!   ワインは人だ、造り手に似てくる ジョルジュ・デコンブのワインはこの体格のように力強い。 外観のわりに繊細な神経を持ち合わせている。 ピリっと締まった酸はジョルジュの繊細な性格を現わしている。デコンブのワインはパリのビストロで大好評である。 多くの自然派醸造家が外国への輸出に頼っている中、デコンブのワインはフランス国内、パリで大人気なのである。ジョルジュはヌヌーンの愛称でパリ・ワインビストロで愛されている。ここの20年間に渡って毎週一回、パリまで配達にやって来る。パリのビストロの顧客までヌヌーンの名が知れ渡っている。ヌヌーンが店に入ると大歓声が上がる。 決めた事は何があっても貫徹する性格、 だからデコンブの味覚にブレはない!! ⇚8月15日の葡萄。標高の高いデコンブの葡萄はかなり熟成が遅れていた。この時に収穫は9月の中旬以降と決めていた。 ⇚9月15日に再訪問。他の自然派醸造家は皆、収穫を初めていた。もう収穫を終わった醸造家もいた。しかし、デコンブは動かなかった。 ⇒ 9月18日 やっとデコンブが動いた。自分の狙った熟度に達した。収穫を開始。どんなに周りが動いてもデコンブは動揺しない。ジット忍耐で狙ったもの待つ。 だからデコンブの味覚にブレない。 収穫風景 次々と運び込まれてくる葡萄を、再チェックして、傷んだ葡萄を排除するのはベテランの仕事。 この段階で徹底的に選別作業をやる。SO2無添加で自然醸造ができるのは 健全な葡萄のみが 発酵槽に入るから。 ほぼ10日間の収穫人のエネルギーを支えるのは奥さんのジスレンヌの料理だ。30名近い収穫人のち20名はデコンブ醸造に寝泊まりの合宿生活となる。体力的にかなり厳しい仕事を 終えた後は、ジスレンヌの美味しい料理と笑顔で収穫人の心が和んでいく。 そして、時々、醸造所に設置されているビストロで デコンブのワインで英気をやしなう。   収穫風景 2   全収穫中、快晴に恵まれ収穫を終わることができた。14年 デコンブ・ヌーヴォは典型的なデコンブ・スタイルになるだろう。 軽めのヌーヴォーが多い中、確りした体格を備えたデコンブ・スタイルを飲まずして 14年ヌーヴォーを語れない!!  

7
Oct

クリストフ・パカレ2014収穫が晴天の日に完了

2014年も色々ありましたが最後の結果良しに終わりました。 9月の初旬からの晴天続きがすべてを逆転する痛烈なヒットで終わりました。 8月の中旬ではまだ青い葡萄がチラホラとあり、熟すには相当な時間がかかり そうな状態だった。それが9月に入って天候がガラリとかわりミルミルうちに 葡萄がまっ黒に日焼けする如くに熟成していった。 強烈暑さの気温ではなく26度前後の優しい太陽でゆっくり熟したので、ポリフェノールが上品に熟していった。優しいタンニン、果実味と程々の酸を残しながらの理想的なバランスの葡萄が収穫された。 アルコール度数は11.5度から12度の優しいボリューム感でグイグイ飲めてしまうスタイルとなるでしょう。  『いやー今年も色々心配したけど、こんなに素晴らしい葡萄が収穫できたよ。 自分にとっては狙っていた最高のスタイルのワインになりそうだ。』とクリストフ 2014年も完璧な葡萄を収穫! もうバンザイ!としか云いようがない!!   マルセル・ラピエールと親しかったドゥニ氏が応援に! 今年も去年に引き続き強力な助っ人がクリストフ・パカレにやってきた。そうあのムスカデのマーク・ペノの兄弟でもあるドゥニ・ペノ氏である。 若き頃、フランス・ソムリエコンクールで第二位となり、三ツ星の ロブションのシェフに認められソムリエとして働いていた。ロブションがロンドン出店時は立ち上げから安定期までシェフソムリエとして活躍した。 今はプロ画家として活躍中、マルセル・ラピエール醸造所の天井の絵はこのドゥニー氏が描いた。 ドゥニー氏のテースティング能力は定評がある。その彼がクリストフを選んだ。クリストフは多くのプロ中のプロに選ぶボジョレの典型になりつつある。ドゥニーの助言で更にレベルアップするだろう。   14年クリストフ・ヌーヴォは凄い!! 9月の快晴続きで本当にまっ黒になった。まさにガメ・ノワールと云われるにふさわしい、まっ黒で完璧に熟した葡萄が多かった。 クリストフ・パカレは常に収穫に自ら立ち合い 葡萄の状態をチェックしている。 ここまで完璧に熟したガメは珍しい。 まさに歓喜のバンザイ!!だ。 今年のクリストフ・ヌーヴォを飲み逃すな!! 収穫風景                         2014年ボジョレ・ヌーヴォー・発酵中を利く  収穫後5日目の蔵ではグツグツと何万億という天文学的数の自生酵母が働いている。今年の自生酵母は元気が良い 発酵スピードが例年より早い。 ヌーヴォーの場合は出荷日が決定しているので早い方が助かる。特に日本行は飛行機まで決定しているので遅滞する事が許されない。 予想どうりの果実味がタップリでいて、酸もあってフレッシュ感抜群のスタイルだ。それにアルコール数も11度後半になるだろう。 アッ!!と云う間に一本が空いてしまう。グイグイいける飲みやすさと心地良さ抜群のヌーヴォーだ! 自然派ど真ん中クリストフ・パカレ・ヌーヴォ2014年を飲み逃すな!!

22
Sep

NICOLAS TESTARDニコラ・テスタール プリューレ・ロック醸造から独立10年

ボジョレのテロワールを真っ直ぐに醸す! 守・破・離の境地・努力の人ニコラ・テスタール ニコラ・テスタールの経歴は物凄いものがある。 超一流のブルゴーニュ醸造家・ジル・ジャイイェ、ロマネ・コンチのオーナー・アンリー・フレデリック・ロック、 天才醸造家フィリップ・パカレ、鬼才醸造家・フレデリック・コサールなどブルゴーニュを代表する醸造家と共に働き、教えを享けた。  その教えを忠実に守りながら熟練を積み、卓越したそれぞれの教えを統合して、それらのエッセンスを更に10年間の歳月をかけて実践を重ねて練磨して、それらを超えた、離れたところにニコラ・テスタール流という新たなる領域・調和を編み出した。最近のニコラのワインにはガメを超えた何かを感じる。 ボジョレの他の醸造家と明らかに違うのは、ブルゴーニュの銘醸土壌とピノ・ノワールを知り尽くしていること。そして何よりもピノ・ノワールとガメを愛している。ガメ品種とピノ・ノワール品種は兄弟品種である。まだ誰も挑戦してない事をニコラはやりたかった。ボジョレの土壌には花崗岩、石灰土壌とあり、明らかにブルゴーニュに匹敵するほどの銘醸土壌があり、ボジョレは世間から過少化評価されている、といつも思っていた。 5年間のプリューレ・ロック時代に醸造長としてヴォーヌ・ロマネ、クロ・ド・ヴージョ、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズなど超一流ブルゴーニュ土壌でワイン造りをしてきた。  同じやり方でボジョレのテロワールの神髄を表現する仕事をライフワークにしたかった。ニコラは昔からガメ品種も好きで愛飲していた。特にマルセル・ラピエールを尊敬していた。プリューレ・ロック時代にちょくちょく顔をだして指導してくれた。 何故なら、アンリー・フレデリック・ロックのワイン造りの師はマルセル・ラピエールだったからである。ニコラ・テスタールのワイン造りの基盤は自然派の父マルセル・ラピエールからの直伝で成り立っている。 だからマルセルが一生をかけて表現してきたガメ品種にも特別の思いがあった。 ブルゴーニュ・ピノ・ノワールとボジョレ・ガメ、ニコラには共通の調和がある。ニコラが醸すボジョレ・ガメには、どことなくブルゴーニュ・ピノを感じさせる“調和”がある。偉大なる師達とは離れたところに、ニコラ独特の流派を確立した。   ニコラ・テスタール・2014年情報 ≪8月20日撮影、髪を切って14年収穫を待つニコラ≫ 楽しみなのは、そんな境地に達したニコラが醸す2014年のニコラ・テスタール・ヌーヴォである。 4,5,6月と理想的な天候が続き、開花まではすべてが順調だった。 葡萄木の成長具合も例年より10日間ほど早くすすんでいた。 7月に入ると更に晴天が続き、逆にチョット乾燥状態で葡萄成長に必要な水が不足する程だった。 7月中旬にはなんと36度を超す日が数日間もあった。 ガメ品種はピノと同じく北の葡萄なので、36度という猛暑には慣れていない。葡萄皮が焼けてしまった葡萄がでる程だった。 その上、雨が数か月も降らなかったので、完璧な水不足状態になった。皆が雨を欲しがっていた。 8月に入ると、今度は逆に雨と曇り空の日々が続く極端に涼しい天候に劇変した。北ヨーロッパからくる低気圧がボジョレ、ブルゴーニュ、ジュラ、アルザスなど北フランスに定着してしまった。 8月中は異例な冷夏が続いた。しかし、5,6,7月の晴天続きで葡萄成長が例年より10日ほど例年よりすすんでいた。それが例年並みに戻っただけでそれほどの悪影響は出ていなかった。 写真は8月12日の葡萄の色着き状況。この時期の葡萄は7色に輝き大変美しい。 1日太陽がでると色は劇変する。同じ葡萄園でも気の早いセッカチな葡萄はもう右のようにまっ黒になっているものもあった。 これだけ、色付き状態がかけ離れていると収穫日の決定が難しくなる。ニコラはこの時点で収穫は9月の中旬になるだろうと想定した。   ニコラ・テスタール・幾多の困難を乗り越えて歓喜の2014年の収穫!!   独立して10年間、腕を磨き続けてきたニコラ。 しかし、この4年間は雹など天候被害に連続してやられた。 2010、2011,2012年の3年間連続で雹被害にやられて収穫量が半減した。 昨年も冷害被害でやはり収穫量が少なかった。 その影響で、14年は経済的にも、精神的にも極限状態の日々が続いていた。従業員も雇えない状況、思うような農機具も新規購入できない。 お金の切り目が縁の切れ目と云わんばかりに、今まで付き合ってきた人達が次々と離れていった。 ニコラにとって14年は天より課せられた課題に直面にしながらも、一人で黙々と働いた一年だった。 心労から体調も崩して入院もしたこともあった。 8月の冷夏で今年もダメかと思っていたところに、9月の初旬より好天気が続いた。葡萄がミルミルうちに熟していった。 明るいカロールが本当に支えた2014年   ニコラがワイン造りに専念できるように他の問題はカロールが全面にわたって奔走して支えていた。 そして、今日の日がやって来た。 10年間、磨き続けてきた技を発揮することができる原料としての葡萄を収穫することができる。 収穫量も満足のいけるものになりそうだ。 今年のニコラのワインには色んな思いが込められている。 人間ニコラとカロールのエモーションが込められている。   14人の自然派ワイン好きが葡萄を狩る 9月15日より収穫を開始した。多くのボジョレの他の自然派蔵は一週間前より初めている。 ニコラの畑はやや標高が高いのと北風の通り道になっており、涼しいミクロ・クリマを備えている。葡萄が熟すのがチョット遅い。 St-Etienne-la-Varenneサンテ・チェーヌ・ラ・ヴァレン村の丘の反対側のラパリュ醸造の畑は暖かいミクロ・クリマを備えている。全く反対の性格クリマである。 草ボウボウの中に葡萄木があり、収穫は草を分けながら葡萄を探して採るという感じ。 8月の雨の多い天候で、草の伸びも早かったこともある。 また、水分を草が吸い取ってくれるので、葡萄果汁が薄くなる悪影響を防いでくれた。 […]

10
Juil

BRUNO SCHUELLER

ALSACE・自然派ワインの最先端を走り続けるDomaine Gérard Schueller*ドメーヌ・ジェラール・シュレール の Bruno Schueller*ブルノ・シュレール 強靭な精神力と追及心でアルザス・テロワールの神髄を明確にしてきた いつもアルザスの最先端を走っているブルノ・シュレールを訪問。先月は原因不明の下痢、高熱で入院していたブルノ。生まれて初めて2週間ほどアルコールを飲まなかったとのこと。強靭な精神力とパッションを持ち合わせたブルノも人の子だった。 でも今日は元気に迎えてくれた。 ブルノが出現するまで、アルザスでこんな風味のワインができるなんて誰も知らなかった。アルザスの土壌をピュアーに表現する醸造家がいなかったのでる。 アルザスにはビオ栽培の大家は多くいるのに、残念なことに醸造では色んなものを足したり、人工酵母を使用してしまうところが多かった。自生酵母のみで、SO2の使用を抑えた造りをする醸造家が居なかったのである。つまりリスクを負う勇気と理論武装がなく、まだ前例が少なすぎた時代だった。今は、自生酵母で発酵する事は自然派では当たり前のことになっている。しかし、その裏には、途轍もない努力と注意力と対応力を必要としている。ブルノのようなリスクを背負って新たな境地を切り開く醸造家が必要だったのである。ブルノは先駆者として大きな役割を演じてきた。 既成醸造学の概念を覆すブルノ醸造学 ブルノは机上の醸造学は信じていない。すべて自分で実践して確認した事を実行している。普通の醸造学の先生達が見るとエッ!と驚くようなワイン造りをしている。例えば、ブルノは樽熟成中にウイヤージ(注ぎ足し作業)を一切しない。ワインを樽の中に入れたら最後、液面が蒸発で目減りして樽内に空間ができてもそのままにしておく。醸造学の先生達が見ればとんでもない危険なこと。でもブルノのワインは酸化したり、オスになったりはしない。更に樽熟成中はスーティラージもやらない。昔、ブルゴーニュでやられていた樽を転がしてオリをワインに溶け込ます作業をちょっと前までやっていた。最近は600L大樽を使っているので、大きすぎて転がせない。 ブルノ『土壌が生きていて健全に熟した葡萄ばかりを発酵槽に入れればワイン自体にエネルギーがあるので大丈夫なんだ。健全に熟してないかったり、傷んだ葡萄を使ったり、色んな化学剤を使用するからダメになる。』 言葉では単純なことだが実行するのは難しいこと。果汁の持っている還元力と酸化のメカニズムをブルノは経験上で熟知している。 未知の世界を切り拓くブルノ・シュレールのお蔭で、アルザス自然派が急増中 ブルノが主催するアルザス自然派ワイン見本市が先月行われた。今、ここアルザスも新しい動きがでてきた。 アルザスにはブルノのように多くのリスクをおって自然ワイン醸造を実践して、良い実績を残している先駆者達が何人かいる。後に続く、後続の人達が安心して自然派の造りに挑戦できる土壌が出来上がっているアルザスも新自然派ワインが着実に増えている。 アルザスには栽培をビオでやって、醸造を普通にやってきた醸造家達が多く存在している。彼らが世代交代の時期にある。先代のビオ栽培で健全な畑を土台に、自然派のワイン造りに挑戦する若手後継者達が増えてきた。 これはフランス全土の傾向と云ってよい。 これはブルノのような先駆者がい たからである。危険な造りと思われていた自然派の造りを安心して挑戦できるようになった。つまり、自生酵母のみでの発酵でも問題なくワイン醸造ができること。SO2の添加なしでも健全で美味しいワインができること。しかも途轍もなく美味しいワインができ ることをブルノ達が身をもって証明してきたらからだ。アルザスにはビオ栽培者が多く土壌自体は健全な畑が多い。自然派が増える要素はすでに整っている。 世界中の一流レストランが自然派をメインにリストアップ ブルノのところには、デンマークのレストラン・ノマのソムリエがよくやって来る。ノマは世界のトップ・オブ・トップのレストランだ。ノマにとってもブルノのワインは大切な存在なのである。 ブルノのワインは来ないと買えないワインが多い。 極小量しか造ってないワインが蔵の中で眠っているのである。そんなワインを試飲する為に、世界中からソムリエ達がやって来る。やはり一流中の一流は違う。一流は一流を理解する。世界でトップと云われるには、何の世界も同じだ。トコトン追及した者同士には通じ合うものがある。   シュレール家はフランス革命の頃より200年ほど続く伝統がある ブルノの恐れを知らない燃えたぎる挑戦心のDNAはこの父さんのジェレールから引き継いだ。 シュレールの蔵はHUSSEREN LES CHATEAUXウスラン・レ・シャトー村にある。実に簡素で美しい村である。アルザスの第2の街コルマールから高速を下りて村に近づくと、この景色が現れる。山の上に3つの塔が村を見守るようにそびえ立っている。 その山の麓に村の教会の塔が見える。なんて美しいんだろう。ブルノの醸造所は教会のすぐ隣に位置している。昔は教会の一部の建物だったのだろう。シュレール家はフランス革命の頃より200年も続いている。 1958年までは農協に葡萄を売っていた。59年よりブルノのお父さんジェラールが自分で醸造をやるようになった。当時は農協組織が強力な時代、一匹オオカミのように農協を出て独立することは大変な時代だった。色んな邪魔が入ったに違いない。それを振り切って独立したジェラールには相当な勇気と自信があったに違いない。人のやらない事を次々と実行するブルノのDNAはこのお父さんから引き継いだのだろう。 今でも元気に畑に出ている。でも数年前のように、畑全体を管理するような動きはできない。 ブルノ『ここで、シュレールのワインを最も多く飲む消費者はジェラールだよ!だからこんなに元気なんだ。』 数年前のケンジローとジェラールの黄金コンビは最高だった。 数年前までは日本人の鏡さん(現ジュラ醸造家)とお父さんのジェラールがコンビを組んで畑仕事をやっていた。あのケンジローさんとジェラールは黄金のカップルだった。この二人が担当している時が、ジェラール家の畑が一番安定していた時期だったのではないだろうか 12、13年と異常気象で生産量が激小 この2年間のアルザスの異常天候で、2年続けて減収量が続いている。2012年は普通の年の30%、13年は50%しか収穫できなかった。 流石のブルノも厳しい状況になって来た。 14年は今のところは順調にきている。やや乾燥状態にあったが先週に雨が降って何とかクリアしている。2年連続の減収穫で売るものが少ない。しかし、ブルノは毎年、試作として色んな造りのワインを少量だが造っている。それらは1樽しかなかったりあまりにも少量なので販売してなかった。ブルノはそんな試作ワインの販売を決意した。 蔵に眠るお宝ワインを利く 多くの少量試作品が12年、13年の減収量を補う 12年産はもう販売するものがない。しかし、ブルノは毎年、色々な試作品を造っている。5年間も熟成中のものや、瓶詰してそのまま何年も販売せずおいてあるものもある その中に超お宝ものがある。それぞれの試作ワインはすべて限定醸造の少量もの。 Pinot noir Delitrium Trimens ピノ・ノワール・デリトリウム・トリメン 2010 お宝中のお宝!先日、レストラン・ノマのソムリエが来て。あるだけすべてを予約したワイン。Cuvee Helenne キューヴェ・エレーヌとPinot noir Bildstoeckle ピノ・ノワール・ビルシュトクレをブレンドしたワイン。 […]

10
Juin

ESPOAナカモト・ツアーが-ミレーヌ・ブリュ訪問

東京・世田谷区弦巻の酒販店“ナカモト”が愛好家と共にフランス醸造元巡り 東京・世田谷区弦巻の酒販店“ナカモト”がワイン愛好家と共にフランス醸造元巡り。ナカモトでは店内でワイン・スクールをやっている。そのお客さんと2年に一回フランスツアーを行っている。飲み手と造り手が顔を合わせるという夢のツアーだ。 ESPOAナカモト酒販店では,自然派ワインを積極的に販売している。食品などでも有機栽培や極力自然なやり方で、美味しくて、健康にもよく、地球環境にも貢献している商品を提供している。単にお金儲けだけではない商売をしている。 そんなナカモト店には、ナカモト・ポリシーに共感するカルチャー・クリエーティヴ層のお客さんが多い。 中本さん『いつもお客さんが飲んでいるワインを造っている蔵元を見てもらいたかった。自分が感動して、購入した理由を知ってもらいたかった。』 12人ものお客さんがやって来た。  『規模が小さくても、畑作業が何倍も大変な自然栽培をして地球を汚すことなく葡萄を育てているMYLENE BRUミレーヌ・ブリュの葡萄園をお客さんに見てもらいたかった。人生のすべてをかけて、本当に楽しそうにワイン造りに没頭しているミレーヌさんを見てもらいたかった。』中本さん  一見は百件に如かず。葡萄園を歩いて、乾燥した空気、風、野生香草の香り、馬で耕したフカフカの土壌、土壌にはミミズも微生物イキイキしている。 ワインの本当に大切な部分は、すべて“畑”にあることが理解できる。 日本でどれだけの酒販店がこんな夢のようなツアーを実行できるだろうか?中本さんの日頃からの誠実な商売のやり方がお客さんからの信頼を得ているのだろう。造り手も売り手も飲み手も同じような佳き人達が集まった。   葡萄園にテーブルを囲み造り手、売り手、飲み手が楽しくひと時を過ごす 夢の一期一会   お客さんの中には、ジャズ・シンガー、パイロット、元スチュアーデス、デザイナー、コンピューター技師など普段は全く別の分野で活躍するカルチャー・クリエーティヴな人達がワインを中心に集まってフランスの葡萄園で、楽しく素晴らしいひと時を過ごした。 ミレーヌの親友の料理研究家のイザベルさんがシンプルで美味しい手料理を作ってくれた。サンソー品種の葡萄の枝を焼いた炭でソーセージをグリエした。特別な燻製化があって最高に美味しかった。 ミレーヌさんの手料理は南フランス典型的な夏料理のラタトゥイユをソーセージに合わせた。シンプルな料理だけど愛情のこもった味わいに一同感激。どんな星付きレストランでも、葡萄園でこんな風に出される料理にはかなわないだろう。絶対に出せない旨味がここにはある。  デザートはイザベルが手造りのミラベル・タルト。ワインはミレーヌさんの初リリースの2008年のBORD GUEボーグを開けてくれた。857本しか造れなかった貴重な一本だ。 造り手のミレーヌから直接に話を聞きながら飲むワインは格別だ。葡萄園の風を感じながら、飲んでいるワインが生まれた現地で、葡萄が育った環境の中でのワインは特別に葡萄の気持ちが伝わってくるような感じがする。 忘れられない一期一会だった。 人生一度だけ!夢、やりたいことを実現中の進行形! ワイン造りが楽しくて!今が最高! ミレーヌさんはコルビエールの葡萄栽培家の家に生まれて育った。小さい頃からお祖父さんと葡萄園に一緒に行き、いつも葡萄園で遊んでいた。その頃からワインの造り手になりたかった。しかし、両親から反対されて夢が実現できなかった。 ワインの勉強は確りやって、パリでワインの先生をしたり、ソぺクサで働きながらチャンスを狙っていた。離婚を契機に故郷のラングドック地方に戻ってきた。 葡萄園を探しに車で走っていた時、この畑に巡り合った。ラングドック地方の大都市モンペリエからたった20キロ程の所に、信じられないほど野性的な風景と環境を備えた畑だった。小さい頃、お祖父さんに連れていってもらった故郷のコルビエールの景色に似ていた。しかも、小さな畑区画を手作りで丹念に畑仕事をしているのが分かる。手間暇のかかるゴブレット株仕立てである。ちょっと歩いたところにシャスラ品種の区画があった。ミレーヌ『その畑に立った時、“ここだ!”』と体中に電流のようなものを感じた。景色がコルビエールそのものだった。 その足で村の役場に行って台帳を調べて所有者を確認した。 オーナーのクリスチャンさんは14歳の頃からこの山の木を抜いてコツコツ開拓して、葡萄木を植えて育ててきた。丁度その時 クリスチャンは大病にかかって入院していた。ミレーヌさんは病院まで行って、この畑を購入したい旨を伝えた。体力が弱っていたクリスチャンは承諾した。その後、元気になって今でも畑仕事を手伝ってくれている。色々アドバイスもくれる。   小さい頃から日本大好き人間だったミレーヌさんは、 1年前に日本にやって来た。 小さい頃からの2つの夢、一つはワイン造り、二つ目は日本へ行くこと、もっと日本を知ることだった。  ミレーヌ『日本人は繊細で本当に佳いのもを理解する能力をもっている国民である。』 『芸術の世界でも、職人の世界でも日本が最初に認めて、その後に世界中が認めるようになるケース多い』 福岡市のフレンチレストラン、コキーンヌにて 『日本の酒販店や愛好家の人達に自然派ワインの造りを分かってもらいたかった。美味しいワインを造る為に敢えて困難なリスクの高い栽培や造りをやっていることを説明したかった。私達のやっていることは、単に美味 しいだけではなく、飲む人の健康にも、地球 のことも考えて継続可能な世界造りをやっている事  も知ってもらいたかった。』ミレーヌ 大阪の自然派ワイン・ブラッセリーブーにて ⇚ 東京神田の居酒屋・天狗にて   日本食と自分のワインの合性も色々発見できた。 ワイン造りのヒントにもなった。 自分が想像していた以上に日本という国が素晴らしい国だということも理解できた。 ⇓ 東京・有楽町のブラッスリ・オザミにて 特に日本人の国民性には驚いたとのこと、まず人間性が根本的に優しいこと。違う文化のものでも、いいものを認めて理解しようとする心があることに本当に驚いたとのこと。 いいものが分かる繊細な心があることを再確認した。   2014年LADY CHASSELAS レディー・シャスラ用のシャスラ品種の花が満開 2014年、葡萄の花の開花が始まった。昨年はフランス中の葡萄園の開花時期の天候が悪く収穫量が激小だった。 […]

27
Mai

GREGORY・GUILLAUME * 地質学・鍾乳洞研究家からの転身、静かに燃えるグレゴリー・ギオム

新しい自然派醸造家が生まれやすい南アルデッシュ地方 南ローヌ河右岸のアルデッシュ地方が今面白い。ここには自然派の原点的存在のドメーヌ・マゼルのジェラールド・ウストリックがいる。若手への援助・アドバイスを含めて親身になって面倒を見てくれる。そしてもう一人、中堅的存在のレクラパスのジェローム・ジュレもいる。ジェロームは皆の兄貴的存在でより細かなアドバイスをしてくれる。この二人のお蔭でここアルデッシュ地方には新人醸造家か多く誕生している。  年に一度 “自然派ワインの真夏の祭典”アルデッシュ自然派ワインの大見本市と夕べを開催する。日中は試飲会、夕べは豚の丸焼きを分かち合い、朝まで、食べて飲んで歌って踊ってのお祭りを開催している。この祭典のお蔭でパリのワイン屋、ビストロ、世界中の自然派ワインバイヤーもやって来る。若手ワインの買い手も直ぐに見つかるシステムができている。 マルセル・ラピエール系の自然派ワイン造りを継承 そんな若手の中でも群を抜いて高品質なワインを造るのがこのグレゴリー・ギヨムである。研究者としての追及心や物事の分析能力がワイン造りに生かされている。グレゴリが初めて自然派ワインを飲んで感激したのは、自然ワインの軽快な果実味だった。まるでブドウジュースのようにグイグイ飲めてしまうワインに感動したのだった。グレゴリーは、マルセル・ラピエール系の自然派の造り、除梗をしない葡萄房(グラップアンチエール)をそのまま発酵槽に入れる、セミ・マセラッション・カルボ醸造の典型的な自然派のスタイルをそのまま継承したのである。グレゴリーは自分なりの工夫をして灼熱の南の太陽を上手に調整してより果実味があって、より軽快で葡萄ジュースのようにグイグイ入ってしまうビュバビリテー最高のワインを醸すことに情熱を燃やしている。   ジェローム・ジュレとの人生を変えた出会い シャンパーニュ地方出身のグレゴリーがここアルデッシュ地方にやって来たのは、この地方の古い石灰岩盤の下に鍾乳洞系の洞窟が多く存在しているからで、洞窟研究者として調査・研究にやって来たのである。ある時、鍾乳洞の中で醸造家ジェローム・ジュレに出会う。人間的にも素晴らしいグレゴリーとは即家族同様の付き合いを始めた。この地方の人達の飾らない純粋な人間的な付き合い方にシャンパーニュ地方のギヨムは感動した。そして、ジェローム・ジュレの造ったワインの美味しさに驚愕した。自分が今まで飲んでいたワインとは全く違う美味しさに驚いた。それと同時に興味がわいてきた。ジェロームにお願いして醸造元で働くことにした。もともと研究者だったグレゴリーは自然派のワイン造りにのめり込んでいった。 山奥に標高の高い畑を手に入れた。 11年にアルデッシュ地方の山奥にビオ栽培の畑をやらないかと提案があった。標高が300mと高い。軽快な酸を狙うグレゴリーには絶好の条件だった、即断した。ジェローム・ジュレのところで学んだことを自分なりに改良したいところが既に沢山あった。 グレゴリは、より果実味を強調させながら、同時に酸を落とすことなく、そこにピュアーなミネラル感、さらに軽めのアルコール度数でバランスをとることを追及したかった。標高が高いことは最高の条件だった。 入手した畑の更に標高の高いところには、120年前フィロキセラの害以前は葡萄園だった段々畑が放置されて野生化している。グレゴリーはその段々畑も将来的には復活させたい。数百年前はローヌでも銘醸地として知られていたアルデッシュ地方の幻の畑である。 馬による農作業を開始 ピュアーさをより表現するには、徹底した自然栽培をする必要がある。スカッとしたミネラル感と酸をワインにもたらしてくれる。自然派独特の透明感がワインに表現される。その為には根っ子が地中深く伸ばして石灰岩盤のミネラルと水分を葡萄にもたらしてくれる必要がある。グレゴリは土壌を最大限にイキイキさせるには、馬での農作業が不可欠と判断。トラクターの重量で畑の土が潰されることなくより活性化する。 先人達の仕事を受け継ぎ土壌の“力”をワインに グレゴリー『自分の直接の先祖ではないけど、村の先人達が、栽培が困難な山を開拓してテラスと呼ばれる段々畑を造ってくれた。農機具がない時代には大変な作業だった。一生をかけて開拓した畑に違いない。それを引き継げる私達は本当に幸せなことだと思う。』 段々畑の作業は手間暇がかかって引き継ぐ人がいなかった。グレゴリーは先人達の仕事に敬意を持って復活させている。   日本の酒販店グループ・ESPOAのメンバーがグレゴリー・ギヨムにやって来た! エスポア・グループは全国に約100店ほどの酒販店がある。ワインを中心に自然で美味しい食品など『人にも優しく、地球にも優しい商品を提供する』 熱心な酒販店の集まりだ。 無名でも本当に佳い商品、美味しい商品を売ることに努力する酒販店グループである。当然、無名の商品を売るには数倍の労力が必要だ。 しかし、無名の商品を売る為に、お客さんとの接点を大切にして、“信頼”を得るためにあらゆる方面から最大限の努力をしているグループである。 ⇚ グレゴリの醸造所。村の空き倉庫を改良して醸造している。規模の大小   有名・無名では判断しない。ワインの中身、本物度で取引を決める。 自分の目でチェックしてない醸造元は販売しない。 ワインに関しては、自分達で訪問して畑が生きているか? 造り手の人間としての人柄は?  醸造方法も妙なものを使っていないか? どこまで自然で、何故美味しいのか? ただ美味しくするために地球を汚していなか?などを確認して販売している。毎年、仲間の誰かがフランスにやって来る。もう20年間も買付ツアーが続きている。レポートを全仲間に配布している。 新ミレジムをチェックするエスポア・メンバー 自然派は毎年ワインのスタイルが変わる。 毎年、新ミレジムが完成する5月に訪問して今年のスタイルをチェックして仲間に伝える。 造る人と売る人が共に生きる 醸造元にとっても、自分のワインを実際に販売している人達の意見を聞けるし、 自分のワインがどんな風に評価・販売されているか?を知ることができて、 安心すると同時に“共に歩んでいる”という勇気・やる気が出てくる。   まだ、ビン詰前の樽熟成中のワインが試飲できる。まだマロ・ラクティック発酵が終わっていないワインがどんなものか?も経験できる。 数か月後にはこのワインが自店に入荷される。 プロのワインバイヤー達がするような体験を、ESPOAメンバーはやってしまっている。こんな酒販店グループが日本に存在していることに誇りを感じる。 パリのワイン屋でも、星付店のソムリエでも実際に訪問に来る人は少ない。 電話で注文すれば、翌日には店に配達される。わざわざ遠いフランスまで来る必要はない。でも本当に大切な“商売”の神髄を忘れてしまっているのではないだろうか? 自分の売っている商品の中身を熟知して、信頼できる商品を自信を持って販売している小売店が、どれだけいるだろうか? 安いもの、売れやすいもの、有名なものばかりに手を出して価格競争に追われた商売に巻き込まれることなく、自信を持って売れる商品を提供して、お客さんの“信頼”を得ることができ、仲間とも情報を提供しあえるESPOAは凄い。 右から、東京のみどり屋さん、福岡の ナカムラさん、山口のやまだ屋さん、小松のもりたかさん、皆、自分の街では、ワイン愛好家から絶対の信頼を得ている一番店の人達だ。 皆、忙しい時間を割いてこのツアーに参加している。それぞれの店の得意分野が違う。商圏も違う。 このグレゴリーの13年産のワインを飲んで意見や感想が全くちがう。 このツアーでは本音で話し合える。この点がこのツアーの最も価値のある部分だろう。 例えば、小松の森高さんは、グラップ・アンティエール(除梗なし)のセミ・マセラッション・カルボニック醸造の自然派がやや苦手だった。でも福岡の中村さんは得意中の得意な分野。   L’EPICURIENエピキュリアンはグルナッシュ品種をセミ・マセラッション・カルボニック醸造で仕込んだ。 フレッシュで、果実味が全面に出ていて、葡萄ジュースのようなワイン。繊細なグレゴリーが工夫を重ねて、南でありながら軽快でグイグイ入ってしまう自然派の典型的なワインを造りあげた。 […]

21
Mai

名古屋の新店舗丸の内「RougeQueus」をご紹介!

名古屋に新店舗オープン!地産地消のお料理と自然派ワインが楽しめるフレンチレストラン! 丸の内「RougeQueues」 今月初めに名古屋の中心地、丸の内に新しいお店がオープンしました。 その名はROUGE QUEUES ルージュ・クー。 なんと!ブルゴーニュの自然派ドメーヌDOMAINE DES ROUGES QUEUESと同じ「赤い尾の鳥」という名前のフレンチレストランです。   ドメーヌの名の由来は、オーナーが以前購入した家を建て替えたとき、古い家にあった小鳥(ロシニョール・ミライユ)の巣を気付かずに家と一緒に壊してしまい それでも、赤くて長い尾を持ったこの渡り鳥がまた帰ってきてくれることを願い、つけられたと聞いています。 小鳥たちは数年前から春になると本当に戻ってきてくれるようになったという温かい話もあるようですが、 同じ名前のレストラン「ROUGE QUEUES」にも、この温かい話を思い起こすような、なんとも包み込むような雰囲気があります。   オーナーの松岡充宏さんは古典的なフレンチをベースに斬新な料理を生み出す実力派シェフであり、ソムリエの資格を取得する程のワイン好きでもあります。 安心感のある揺るぎないお料理とお店の雰囲気にも合った優しい味わいの自然派ワインを心ゆくまで堪能できる、そんなレストランです。 その日に仕入れた地元の有機野菜やお肉をそれぞれの食材にあった日替わりのメニューで楽しめます。   リーズナブルで良質なワインを楽しませてくれるブルゴーニュでは貴重なドメーヌ! Domaine des Rouges Queues   ここでレストラン「ルージュ・クー」でも、もちろん味わえる!そして、このレストランの名前にもなっているDOMAINE DES ROUGES QUEUESの紹介をしたいと思います。 オーナーはジャン・イヴ・ヴァンテイ。ブルゴーニュ地方シャサーニュモンラッシェ地区の南部のサントネー丘に位置するマランジュ(AOC Maranges)地区に所在。 ジャン・イヴは小さい頃に祖父母がぶどう畑を所有していたため、ぶどう畑にいつも親しみ、自然が大好きな少年でした。 ボーヌの農業学校を卒業してからはコート・ド・ボーヌのワイナリーで経験を積み、その後、自分のワイナリーを持ちたいと思っていた彼に マランジュの見事な立地条件の畑を取得するチャンスが訪れます。 理想のワイン造りを実現出来そうなぶどう畑(1ha)と一軒の家を購入し、ワイン造りを始めたのは1998年。 初年度はネゴシアンへの販売料が多かったのですが、ワインの品質が認められ3年目にして全てを自社でビン詰めをするようになります。 秀逸なワイン造りに重要な点は、栽培や醸造に対する厳格さと情熱、そして”優れた畑”であり ワインとは、ぶどう畑を尊重した栽培をすることだと信じ、自然を大事にした栽培、すなわち除草剤や化学肥料など化学合成物質は一切使用しない ビオディナミを取り入れています。 現在は複数のアペラシオンで合計4haの畑から高品質なワインを造り上げ人気のワイナリーとなっています。 畑仕事は常に奥様のイザベルと一緒。仲睦まじいご夫妻が生み出すこのワインは高価なブルゴーニュにありながら親しみ溢れる味わいを醸し出しています。   是非、このドメーヌと同じ名前のレストランでルージュ・クーのワインを味わってもらいたいものです。 この他にもレストラン・ルージュ・クーでは美味しい自然派ワインが沢山楽しめます! ←<AOC Bourgogne> ブルゴーニュ・ルージュ ←<Rouge, AOC Hautes Cotes de Beaune> オート・コート・ド・ボーヌ […]

20
Mai

Cave Augé * カーブ・オジェでローヌの試飲会

パリに春が来た!  お日様がポカポカ照らす中、Cave Augé * カーブ・オジェにフラッと遊びに行きました。そしたらラッキー!ローヌ地方の試飲会が行われていました!  久しぶりに会う醸造家たち!うれしい! 皆も良い天気なののでニコニコ! そして妊娠中の私に、<自然派はちょっと飲んでも大丈夫だよ!逆に赤ちゃんも喜んでるよ!>とのこと・・・ 本当ですか?!でも美味しいからちょこっと飲んでしまう私・・・         Hervé Souhaut, Domaine Romaneaux Destezet*エルベ・スオー、ドメーヌ・ロマノ・デストゼのヴィオニエで造られた白はピュアで一番美味しかった!そして大好きなSt Epine*サント・エピヌは上品でウッカリと飲んでしまう 、繊細でセクシーなワイン!久しぶりに奥さんのベアトリスにも会えて、なんと気づいたら2人で30分も話し込んでしまった・・・娘さんたちの出産話や、エルべと結婚してよかった事とか、色々と教えてくれました!        Alain Allier, Domaine Mouressipe *アラン・アリエ、ドメーヌ・ムレシップのワインは相変わらずフルーティーで夏にはぴったり!特にサンソーが含まれたPitchounet*ピッチュネは冷やして飲んだ一本なんてあっという間に無くなってしまいそう!それに比べてより濃厚な、グルナッシュとシラーで出来たCacou*カクーも飲みやすい!今年は冬もそれほど寒くなく、春も早めでしたので、8月の半ばには収穫開始するかもしれないらしいです!      Nicolas Renaud, Clos des Grillons*ニコラ・ルノー、クロ・デ・グリヨンは私が大好きな生産者!優しくて、シャイで、きれいな目で・・・しかも2008年が初ビンテージ、まだワイン造りを始めて10年も経っていないのに、とても綺麗で真っ直ぐなワインを生み出す、ラングロールも一押しな作り手!特にキュベ・1901(コンクリートの卵形タンクで出来上がったウニィ・ブラン)は繊細で、香ばしく、今回一番ウットリしたワインです。夏にピッタリなLes Grillons *レグリヨン2013もスッキリとしてレモンスカッシュのように、サッパリ!そしてムルべードルの赤も、酸味がありフレッシュでスイスイといけそう!       そしてL’Anglore*ラングロールのTavel*タベル2013は、まだビン詰め前なのに、もう完璧に仕上がっています!赤フルーツいっぱいな香りに、ちょっぴり残るスパイシーさ。香りを嗅いだだけで、すぐタベルだと分かる絶対・確実さ、やっぱりエリックはすごい! ほかにも・・・ La Vieille Julienne, Chateauneuf du Pape *ラ・ヴィエイユ・ジュリエンヌ、シャトーヌフ・デュ・パップ09を試し、<オオオーこれは赤いジューシーなお肉と飲みたい>と思い、 Gilles Azzoni, Le Raisin et l’Ange*ジル・アッゾニ、ル・レザン・エ・ランジュと今後のことを話し合い、 ラングロールの奥さん、マリー・ジョと、レストラン、ジュール・ド・フェットのオーナー、ビュッシュ […]

14
Mai

YANN DURIEUX 伝統で化石になりそうなブルゴーニュに新風を吹き込むヤン・ドリュー

ヤンは10年間、プリューレ・ロックで栽培責任者として働いている。今も続いている。伝統で押し潰されそうなブルーゴニュで果敢に新たなブルゴーニュ・スタイルの革新に挑戦しているヤン・ドュリュー。 いい意味でも悪い意味でも膠着して動きようのない伝統のブルゴーニュで、“オヤ、こんなブルゴーニュが?”と多くの人が待っていた新しいスタイルの醸造家が誕生した。 ヤンは33歳、お父さんも醸造家である。しかし、除草剤、殺虫剤、化学肥料を使う普通の造り手。ヤンはそんなワイン造りをしたくなかった。まず、ブルゴーニュの一流畑がどんなものなのか、を知りたかった。人を介してプリューレ・ロックで働くことができた。 当時のロックはフィリップ・パカレが去って3年が過ぎていた。 ロマネ・コンチのオーナーでもあるアンリー・フレデリック・ロックが自ら陣頭指揮を執りながら、フィリップ・パカレの後継者としてのニコラ・テスタ-ルを醸造責任者として育てながら頑張っていた時代だ。 フィリップ・パカレは栽培も醸造も責任者としてやれる才能を持ち合わせていた。若手には二つの任務は重すぎる。アンリーは栽培責任者としてこのヤン・ドリューに目を付けた。真面目な性格、コツコツ黙々と働く姿、研究熱心な姿勢、そして何より強靭な体力が備わっている若者である。  そして10年の歳月が流れた。ヤン・ドリューは10年間もブルゴーニュの一流中の一流畑の栽培に集中できた。ヴォーヌ・ロマネのクロ・ゴワイヨット、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ、クロ・ド・ヴージョなどの一流畑を自分の手で10年間も栽培して学んだ蓄積がある。ある意味、ブルゴーニュのテロワールの栽培に関してはフィリップ・パカレ以上に経験を積んで、細部まで熟知したといってもよい。   ブルゴーニュ伝統を蓄積して、次元を超えたブルゴーニュへ!アッセンションへと導くヤン   ヤンはただ闇雲もニュースタイルを狙っているわけではない。 ブルゴ-ニュの神髄を熟知した上で、この伝統の中でまだ誰も挑戦した事がない死角・分野があることがヤンには見えている。  これは自分のような立場の人間しかできないことも解っている。途轍もない挑戦であることも解っている。 でも“自分がやらずして誰がやる?”  10年間、そうそうたる特級畑の栽培を実際に手がけてきて、特級畑の何たるかをわかった人間しかできない発想がある。 ヤンのお祖父さんも栽培家だった。数年前よりお祖父さんのオー・コート・ド・ニュイ地区の畑を引き継いで栽培・醸造をやって来た。もちろん、ロック氏の了解を得てプリューレ・ロックの醸造所内を借りてワイン造りも手掛けた。 ロックの葡萄とオー・コート・ド・ニュイ地区の葡萄を比較しながら醸造できた。 ヤンの目指すワインは“限りなくピュアなワイン” ピュアである為には、綺麗な酸、ミネラル、果実味、この3つのバランスが必要だ。ヤンが栽培を手がけているロックの特級畑が正にこの三者のバランスが傑出しているクリマを備えている。その何たるかを熟知している。   限りなくピュアーなワインへの探究!     ヤンはプリューレ・ロックでの10年間のミレジムの栽培に適応してきた。 強烈な太陽の年、強烈な湿気の年、結実が長期間に渡った年、生育が極端に早かった年、色んなミレジムでも栽培の対応次第で十分にバランスの取れた 葡萄を収穫して、酸、ミネラル、果実味の三者のバランスのあるワインを造りあげてきた。 ヤンは挑戦した。オー・コート・ドニュイの畑で栽培の工夫でどこまでのレベルのバランスが造りあげられるか? オー・コート・ドニュイは標高が400mと高い。酸は確保できる。土壌は基本的に粘土石灰質土壌、粘土質の土の部分の深さが違う。元海底であったロッシュ・メール(海の岩)と呼ばれる石灰岩盤がどの深さに位置するかでミネラル感の表現が微妙に違ってくる。  この三年間は特級畑の栽培とオー・コート・ドニュイの畑の栽培を同時にこなしてきた。そしてそこから収穫した葡萄をプリューレ・ロック醸造所の一角を借りて醸造した。偉大なる“気づき”がそこにあった。 ブルゴーニュの等級畑はワイン法で決められた絶対的なものだ。ヤンはそれに異論を挟むつもりは全くない。  しかし、特級畑に見合う栽培をされたことがない未知の畑がまだブルゴーニュの至る所に存在している。 ヤンは経験上でほぼ確信している。   早朝から夜まで心身ともにブルゴーニュの畑仕事に明け暮れるヤン     この3年間、特に昨年は早朝から深夜まで畑仕事に明け暮れた。寸暇を惜しんで働いた。 家に帰って寝て、早朝に起きて自分の畑を耕して、日中はプリューレ・ロックの畑を耕し、また夜は自分の畑を耕した。フランスは春から夏は夜10時まで明るい。日の出入りと共に働いた。いや今も続いている。ここまでブルゴーニュの土壌に心身が解けるまで浸かった人間しか見えない事がある。 ここ3年間でヤンがオー・コート・ド・ニュイの畑で栽培し醸したワイン達が世界中のブルゴーニュ・ファンを震撼・感動させた。真っ直ぐで、ピュアーで、エレガントの評価が多かった。まさに酸、ミネラル、果実味の微妙なポイントのバランス感覚だ。ロックとも違う、パカレとも違うポイントのバランスだ。もうヤン流のスタイルが出来上がっている。 ヤンは決意した。正式に醸造元を立ち上げた。 その名前はRECRUE DES SENSルクリュ・デ・サンス。 13年は醸造所付きの家を買い入れて大きな投資をした。今は醸造、熟成、瓶詰まですべて自前の醸造所でできるようになった。 そして13年はMOREY ST DENIS モーレイ・サンドニとGEVREY CHAMBERTAIN ジブリー・シャンベルタン村の90歳級の古木の畑を借りることができた。これはヤンにとっては清水の舞台から飛び降りるような賭けだった。ブルゴーニュのこの種の畑の賃借は膨大なお金が必要だった。ゼロから始めたヤンにとってはリスクが大きかった。   ブルゴーニュの等級格付けでは語り尽くせないワインが次々登場するだろう!     13年は12HL/Hしか収穫できなかった。狙った半分の収穫量だった。 […]

7
Mai

LA CANTINETTA マルセイユの街に自然派ワインが飲めるイタリアン“ラ・カンティネッタ”

マルセイユはフランスの第二の都市、街自体の面積はパリより広がっている。 地中海に面している街、海の向こうはアフリカ大陸。アラブの国々がありイスラム文化が広がっている。マルセイユの街にはアラブ人も多い。アフリカ系の色んな国の人達も多く色んな人種が入り混じった街だ。イスラム文化が浸透しているフランス第一の街でもある。イタリアも近いこともあってイタリア人も多い。 マルセイユのイタリアン・レストランは旨い。その上に自然派ワインを飲めるイタリアンがあると聞いてやって来た。 LA CANTINETTAラ・カンティネッタ、ワインは自然派ワインしか置いてない。気軽に食べられるイタリアン、気軽に飲める自然派ワイン、最高のコンビワークだ。 私はフランスに30年以上住みながらフレンチ料理は苦手。どちらかと云えば美味しいイタリアンの方が好きだ。本当はパスタが大好きですが、美味しいパスタはフランスでは難しい。フランス人はパスタを茹ですぎる。全く芯がない程茹でてしまうのが普通。胃の調子の悪い時は逆に助かることもある。でも、やっぱりパスタはアルデンテが美味しい。 今夜は自然派ビストロ、レ・ビュバールのオーナーのフレッドとその仲間達とやってきた。フランクフルトに住む澤田さん、ヴァンクールの村木さんとも合流した。店内に入るともう予約席で一杯だった。フレッドのお蔭で何とか席を確保できた。生ハムや簡単な摘みを食べながら自然派をひっかけた。この食事前に簡単な摘みにスイスイやるひと時が私は大好きだ。フレンチではこの簡単な摘みがない。イタリアンが好きな理由の一つでもある。   澤田さんはフランクフルトの街で、自然派ワインの輸入販売をしている人。自然派ワインをあぶない程好きな澤田さんは収穫までやりにフランスにくる程。 村木さんは皆さんもご存じのとおりヴァンクールのフランス駐在の社員さん。まず3人で一杯を始めた。 今年のルミーズについて色んな意見交換をやった。13年は皆、大変な苦労しながら生産量も少なかったけど品質はどれも素晴らしかった。というような話をした。  ルシオン地方のポトロン・ミネ・プリムールをアペリティフで! ヤアー美味しい。 ちょっと熟成してよりソフトで柔らかなタッチになって、食前にアペリティフがわりにグイグイやるには本当に最高のワインだ。   ウーン、アルデンテで最高のボンゴレ・パスタ! フランスでは、美味しい自然派ワインを見つけるより難しいアルデンテなパスタが、・・カンティネッタにあった。 個人的に本当に感激している。  しかも、ヴァンゴレをメニューにあるイタリアンがフランスでは本当に少ない。 たまに見つけても冷凍のアサリを使っていたりで,生のアサリを使ったヴォンゴレパスタは超貴重なイタリアンである。 しかも、こんな美人が取り分けサービスをしてくれた。 自然派ワインは料理を選ばない。 ワインはルミーズ会場から流れてきた醸造家達が色んなワインを注ぎにきてくれて結構色んなワインを飲めた。  自然派ワインは料理を選ばない。旨味が乗った素材は、ワインの土壌からくる旨味に共通しているからだ。 魚介類に赤ワインもピッタリ合う。 元海底だった岩盤ロッシュメールまで根っ子が達している葡萄木のものは、イオデ潮っぽいミネラル感を含んだ旨味が共通している。 ルシオン地方のイザベル・フレールのNINAニーナ、軽快な赤をヴォンゴレに合わせた。 ニーナの軽やかで透明感のあるミネラルがヴォンゴレの旨味にピタリと合いました。 ヤー良く食べ、よく飲みました。 フレッドの楽しい友人達とひと時を過ごさせて頂き最高でした。また一緒に食べたい。  素晴らしい一期一会でした。 住所:24,Cour Julien 13006 MARSEILLE   TEL:04-9148-1048 マルセイユにお越しの節はお勧めです。 楽しく美味しく自然派とヴォンゴレを楽しめますよ! シェフのヴォンゴレ・パスタは最高でした。 マルセイユの夜もふけてきた。ルミーズ試飲会の主催者の 一人として頑張ったドメーヌ・デュ・ポッシブルのルイックさんは気持ち良さそうに酔って自分で南米の唄を歌いながらゆっくり踊っていたのが印象的造だった。ボサノバが好きなのだろう。お疲れさんでした。 ポッシブルのワインもボサノバの如くホワッとして優しいワインをるルイックさん。人間もホワッとして優しい人だ。やっぱりワインは人だ!皆さんもボサノバを聞きながら試してみよう。  <—– DOMAINE DU POSSIBLEドメーヌ・デュ・ポッシブル ヴァンクールの村木さんとも久しぶりにゆっくり話せました。 また。PARISでゆっくりやろうと約束してホテルに向かった。